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カテゴリー「Good Old Days」の24件の記事

2017年6月19日 (月)

科学の子誕生は夏の宵のふとしたことで

こんにちは。
もうすぐ夏至ですね~。
梅雨時であまりピンとはきませんが。

 
 
 
 
 

梅雨の中休み、花火なんてのもいいですね。
火薬の懐かしい匂い。
もう何年花火をしてないでしょう。

それは遠い昔の話・・・。
当時は社宅に住んでいました。
その社宅は木造平屋建てで
住むところと倉庫がついていました。
社員の家族である私たちは
その倉庫の管理も任されていたと思います。

倉庫の前はちょっとした広場になっていました。
その辺りで初めて自転車に乗れたり、
霧の深い朝は向こう側が見えなかったり、
思いのほか雪が降ってその先の友だちの家に行くのも難儀だったり
した思い出の場所でもあります。

夏の宵、そこで妹と花火をしました。
手持ち花火が主でした。
バケツに水を張って、
種火としてろうそくに火を灯して。

〆はいつも線香花火でした。
あの火花が飛ぶさまは
いつ見てもいいものですね。

ところが、その火花を
もっと大きく長持ちするようにできないか。
と兄は考えました。

線香花火同士をこよりのようにねじって
2本合わせて火をつけると
火の玉は大きく長持ちしたように思えました。
ここで止めておけばよかった。

だんだんその本数は増えていき、
5本くらいになった頃
悲劇は起こりました。

満足できる火の玉の大きさになったなと
思った瞬間・・・
火の玉は自身の重さに耐えかねて
ぽとりと落ちました。
落ちた先はサンダル履きの足の上。

一瞬にしてパニックに陥り、
バケツに足を突っ込むまで少し時間がかかってしまいました。

今でも左足の中指の付け根にその跡が残っています。

線香花火が〆の訳、
1本の火薬の量は研究されつくされたものであることを
理解したのはだいぶ大人になってからのことでした。

すこおしばかり痛かったこの記憶には懲りず、
これから先ずっと
売っているものを素直に使わない癖は
役に立つ場面も多くなってきます。

科学の子w、丸太少年誕生には
こんな秘話がありました。

あ、危険なので真似しないでくださいね><
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2017年6月14日 (水)

夏の夕暮れ時、小学校の校庭で高校生が

こんにちは。
葵の花もいいもんですね。
昔は花びらを鼻につけて
「鶏~」なんてやっていました。
 
 
 
 

夏の夕暮れ、だれもいない小学校の校庭で
高校生が輪にした紐を手にして・・・

早まっちゃいかーん!

いえ、前回り(鉄棒)の練習ですけど、何か?

いやはや、ピンチでした。
まさか本当に赤点くれるなんて。

体育の鉄棒で前回りができなかったら
赤点だとは言われていました。
それでも、知らんぷりしていたら
本当にくれたんです「1」を。

そりゃ小中でも体育は苦手で
それで落第することはないにしても、
大体はすれすれの「2」でした。(5段階評価)

高校でまさか体育で落第は嫌でしたので、
そりゃ練習しましたとも。ええ、それはもう懸命に。

家に一番近い鉄棒のあるところは
小学校でした。
そこでいろいろ試しました。

最後にすがったのが紐で作った輪でした。
我が半円になるように鉄棒に掛けて
二重にし、その中に自分が入って
前転をする。

そのうちに自分がなぜできないかを
考えました。
これは恐怖心に他ならないと
結論付けました。

ならばとその輪を小さめにして、
自分がやっと入れるくらいまでにしました。
そして、腰を支えるようにします。
頭が下にいってそれでも
きちんと輪が支えてくれるのが
良かったのでしょうか。
(途中で止めたら逆に危ない)

こうしてなんとか前回りができるようになり、
次の体育の評価は「2」に戻り、
落第は免れましたw

ある情報では、
小さな子どものうちから
お父さんに(別に腕力があればお母さんでも構わないと思いますが)
高い高いとか、振り回して遊んだもらった経験のない場合、
鉄棒が苦手になる傾向があるというのがありました。

頭が下になることに対し、恐怖感だけが
大きくなってしまうとか・・・。

ま、頭を下にしてぶら下げたら、
それはそれで虐待になってしまうかもしれませんが。

取り敢えず、今はまた前回りはできない可能性が高そうですw
あの時、何とか立ち回って「1」を回避した方が
その後の人生に役立ったかななどと
考えている自分がいますw
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※画像はイメージです。


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2017年6月12日 (月)

初めて見た生芸能人は誰ですか

こんにちは。
朝晩は少し寒いですね。
父は喉が痛いと言っています。
 
 
 
 

初めて見る芸能人はキャンディーズさんになる予定でした。
突然ふっと湧いたように発表された解散は私の心にも
火を点け、ラジオで聞いた解散コンサートの
宛先に現金書留でお金を送りました。
しかし、チケットは私の手元には届かず、
お金も返っては来ませんでした。
これが生芸能人目撃未遂でした。

時を移し、大学生になってから
千葉市に住んでいました。
ある日、県庁の辺りを散歩していると
なんだか人だかりがありました。
近くに行ってもわからないので、
歩道橋を上ると
あるアイドルさんが
一日署長をするというイベントの場面だったらしいです。

TVで見るより
ずっとほっそりしていて
色の白い美人さんでした。

「やっぱりブラウン管で見ると横に引き伸ばされるというのは本当なんだなー」
と思いながら感慨深く眺めていました。

無意識系と言われ
笑顔が眩しかった
彼女もこの少し後くらいから
自身で作曲するようになり、
アイドルからアーティストへの
脱皮を図っていったようです。

惜しむらくはその才能は
あまり評価されなかったように思います。

そういえば、娘さんも曲を出しましたね。

さて、ここまでで誰か分かりましたか?
正解は河合奈保子さんです。

偶然でしたが、当時ファンだった人に遭遇でき
(しかもタダでw)
ラッキーでした。

この後、しばらく芸能人と遭遇することもなく、
ライブに行ったのが次ということになりますが、
そういえば未遂がもう一つありました。

それは栗田貫一さん。
バイトしていたレストランで「来てるよ」と聞いたのですが、
厨房からは見えず、残念でした。
見ることができたなら貴重な素の姿ですよ。
惜しかったなあ・・・。
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2017年5月31日 (水)

カラオケスナックで大赤面

こんにちは。
本日頃より「小満」の末候、「麦秋至(むぎのときいたる)」です。
店には青梅が並んでいるのを見ました。
 
 
 
 

こう見えて(どう見えて?)
カラオケは大好きです。

大学時代頃から「カラオケ」なるものが
登場してそれでもまだ、今のような映像ではなく
文字だけが流れている
ようなもの(静止画はあったかな?)で
仲間で集まってはよく飲めや歌えでありました。
それでもまだフォーク世代の名残もあって、
ギターをかき鳴らして歌うというのも
時にはあったような気がします。
(私は歌専門ですw)

就職してからは、しばらくは
猫をかぶっていましたが、
歓迎会か何かの席で
「フォルテシモ」を歌ってからは
何か一皮むけたように
職場の人たちとも打ち解けることができたように思います。
おとなしそうだと思われていたらしく
こぶしを振り上げて歌う様に
みんなびっくりしたようでした。

これに気をよくしてか、
しっかりハウンドドッグを
レパートリーに入れていました。

それがいけなかった><

ある飲み会のこと、
「取り敢えずビール」の時間は過ぎて
なんだか気取ったものが飲みたくなりました。
大してカクテルには詳しくないのに
グラスのふちに塩がまぶしてある
あの飲み物が飲みたくなりました。

「次、何飲む~?」
「そだな、ハウンドドッグ!」

違うことはすぐに気が付きましたが、
訂正しようにも正しい名前が出てきません。

それでも店の人は
分かったらしくちゃんと「ソルティドッグ」が出てきました。
すんげえ恥ずかしいいいいい><

それからというもの、
(その店では)ハウンドドッグを歌うことは二度とありませんでした。

さて通勤距離が長くなってからこっち
とんとご無沙汰しているカラオケですが、
一人カラオケをするにはちと敷居の高さを感じる丸太なのでありました。
「誰かカラオケ誘ってくれねーかなー」
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そんなこともあったなーと
遠い目のあなた!
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2017年5月20日 (土)

をい!対岸で水切りをするな!w

こんにちは。
本日頃より二十四節気の「小満」です。
七十二候の方はと言えば「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」
となります。
小学生の頃は近所に養蚕農家があり、
網棚いっぱいにお蚕さんが桑の葉を食べていました。
(苦手な人ごめんなさい)
 
 
 
 

小学校5年生までは
遊び場のひとつに川原がありました。
家のすぐ近くに流れる川は
きれいな水が流れ、
少し上流に行くと滝があり、探検隊よろしく
遊んでいたように覚えています。
(たぶん人工のものだったと思いますが)

夏になれば、橋から飛び込むもできるほど
(注:橋の上からではなく橋の支柱にのぼって飛び込んだ)
深さがある場所もあり、よく泳ぎに行っていました。
(運動音痴ですが、泳げるようになったのは割と早かったです)

その川にはメクラドジョウというドジョウが
いるそうで捕まえようとしましたが、
ついぞお目見えすることすらありませんでした。
メダカも泳いでいました。
手ぬぐいを二人でもって
すくうとたくさんのメダカがぴちぴちはねていたものです。

もうその川で泳ぐ子供もいなくなって久しいと聞きます。
大腸菌が検出されたとか・・・。
(それよりその近所に子どもがいなくなったことも・・・)

そんなある日の学校帰り、
川原を遊びながら家へと帰るときでした。
ランドセルをしょってできる川遊びの定番と言えば
「水切り」
なるべく平らな石を選んで、
フリスビーのように投げると
水面を切って進み、その数を競ったものでした。

最後には川に沈んでいくのですが
誰がその石が顔を直撃すると思うでしょう。

しかし、その子は対岸にいたのです。
「せーの」で石は投げられ、数回水を切った後
私の顔面を直撃したのです。

「ゴン」と頭の中から音がし、まさに火花が飛んだことは
よく覚えています。
「ああ、本当に火花って見えるんだ」
呑気にそう思っておさえていた手を
見ると血がw

縫うほどではありませんでしたが
数日後までお岩さんの形相w

良い子の皆さん、
水切りは対岸に人がいないところでやりましょう。
(護岸工事が進む中、なかなかそういう機会はないか・・・)

今でも、石ころがたくさんの河原があるきれいな流れを見ると
なぜかわくわくするのです。
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古き良き日々を
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2017年5月17日 (水)

悪銭身に付かずと言うけれど、買ったものも身に付かなかった話

こんにちは。
「モンバンムシ」は
もういませんでした。
一昨日の記事参照^^)
  
 
 
 

教職に就いて公務員なわけですから
生涯の大体の収入は目に見えています。
それじゃあつまらないなーと
思ったか思わなかったかは別にして
ギャンブルにはまっちゃった時期が正直あります。

きっかけは海外旅行w
海外旅行と言ってもサイパンなのですが、
後にも先にもパスポートを使ったのは
それ1回きりなのでありました。
(あ、先は分からないか・・・)

友だちがダイビングをしている間、
私はホテルでスロットに熱中していました。
(それはただのゲームでしたが)
どこをどう思えばそうなるのか、
帰ったらパチスロでもやってみるか。
と思ったのが運のツキです。

当然ですがトータルでは大きくマイナスだと思います。
(悔しいので計算してませんがw)
それでもたまに大きく勝てる時もありました。

確かあれは「アレジン」というパチンコだったと思います。
(おいおい、パチンコもやってたのか)
運がよければ出玉がよくて
一番勝った時は、7万の儲けが出ていました。

こういう金は使ってしまうに限ります。
そこで何を買ったのか…。
何を血迷ったのか食器洗浄機でした。

当時、食器洗浄機が出たてで
自炊はするけど、汚れ物をためがちな
私はには神器のように見えていたのかもしれません。

しかしー、一人暮らしのアパートのキッチンで
使うようなものではなかったですね。
狭いので置く場所に苦労しましたし、
出たてで洗剤が残っていたりという性能・・・。
(単に使い方が悪かっただけという話もある)

使わなくなるのにそれほど時間はかかりませんでした。
そのうち粗大ごみ置き場へ・・・

今はちゃんと料理もして
食器もまあ、・・・洗っています。
(なんだこの間は)

パチンコ・パチスロの方も
十年以上やってないと思います。

所詮、あぶく銭。
どうせだったら、もうちょっと人生の役に立つものを
買えばよかったのに。

悪銭が身に付かなかった上に
買ったものも使えなかった物であったお話でした。
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2017年5月14日 (日)

懐かしきポンコツ君

こんにちは。
七十二候の紹介を忘れていました。
今は「蚯蚓出(みみずいずる)」です。
(今日で終わりw)
 
 
 
 

どうもフライング癖がありますが
ここからかもしれません。
車の免許をとったのは比較的遅めで
大学4年の頃。
しかし、車の購入は免許を取る前でした。

蘇我の駅前の中古車屋さんで買った
ダイハツシャレード。
いわゆるリッターカーと呼ばれた
ギリギリ軽じゃない車です。

「その昔、犬を拾った話」でも書きましたが、
この車、ほんのわずかな間でしたが、
使用用途が犬小屋でした。

それまで原付で用は足りていたのですが、
ここから飛躍的に行動範囲が広がりまして、
やっぱりマイカーっていいなあと感じ入っていたものです。

しかし、いかんせんよく調べもしないで買ったこの車。
かなりの欠陥を持っていました。

とにかく傾斜を登らないのです。
困ったエピソードは2つ。

当時、ダイエーが京成千葉駅(現千葉中央駅)の裏にありました。
そこの駐車場はビルを登っていくのですがかなり難儀した
覚えがあります。

もう一つは館山のいちご狩りに行った時。
当時まだ国道410号線が
あったかなかったか、
あったとしても今のように整備されておらず
千葉方面に帰るのに
すごい坂がありました。
(素直に国道127号線で帰ればよかったものを…)

その坂を上りきることができませんでした。
幸いバイト仲間で行ったので
やむなく押してもらって登ったのでした。

そんな車だったので、
あまり県外に出た覚えがありません。
(実家以外)

次の車に乗り換えたのも
就職してすぐだったので
乗っていた期間は初めての車の割には
短かったと思います。

この車の最後は、職員旅行中に学校に停めていたのを
タイヤに穴を開けられ、
(ほとんど全員の車がやられました)
ちょうどいい機会とばかりに
廃車にしたというものでした。

最初の車なんだから
もうちょっと思い入れをもってもよかったんじゃないかと
今では思うのであります。

でも、今思うにこの車から今の車まで
純粋なセダンという車には乗ったことがありません。
(この次の車は一応セダンなんだろか…ちょっと疑問。
妹の旦那には、「変な車ばかり乗ってる」と言われているようです)
どうも、ものを積むには、
ハッチバックの方が勝手がいいからに他ならないのですが、
この頃は、やがてコンパネや車椅子を積むようになるなんて
思いもしなかったことでしょう。
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2017年5月12日 (金)

ラジカセ昔話

こんにちは。
最近やたらとアザミを見かけます。
 
 
 
 

その昔、ラジカセというものがあったんぢゃ。
今日はそのお話ぢゃ。
今もあるのかのう・・・。

初めてラジカセを買ってもらったのは
「宇宙戦艦ヤマト」にはまった時でした。
確か再放送からファンになったので、
1976年のことと思います。

ちなみに、1974年の放送では
視聴率が6%程度と伸び悩み、
計画ではもっと長い話になる予定だったそうです。

よくラジカセあるあるで
音楽をラジカセでとっている時に限って、
「○○~夕ご飯よ~」という母の声が入るという
話がありますが、
ちょっと遅く我が家にやってきたラジカセは
TV端子がついていて、
コードでTVにつなげることができました。

あまりにも「宇宙戦艦ヤマト」にはまってしまい、
全話ラジカセで録音し台本に起こそうという
熱の入れようだったように記憶しています。
(ついでに書きますと1話分の台本は膨大なもので、
1話分も起こせなかったはずですw)

当然記録媒体はカセットテープ。
爪を折っておけば重ねどりできない
あれです。
やがて、台本に起こすことを断念した私は
折った爪のところにセロテープを貼って
音楽などを録音し始めたのは言うまでもありません。

ただ、自分の好きな物をとっておくことができるようになった時代がやってきて
当時とても嬉しかったことを覚えています。

時は流れ、時代はCDの時代になりました。
愛蔵のCDも増えてきた頃はまだ
カーステでもカセットテープは現役でした。
自作チャートのリストを作り、
カウントダウンのフラッシュのようなものを作りたくて
何日もかけて1曲ずつサビや気に入った詞のところを
つなげて編集作業を行っていました。
120分のテープには約400曲が延々とフラッシュで
流れているものを完成させました。
(自分でもなんでこんな手間のかかることしたがるんだろうと思います><)
むむむ、そういえばMDでも同じことをしたような・・・。

120分のテープは他のものと比べて薄いらしく
何度も聴いていると伸びてしまうなんて話もありましたが。
私の場合はテープが絡まってしまい終わりました。

あー、なんで捨てちゃったんだろう。
今思うとまた聴きたくなってきましたよ。

その前に機械がもうないやんか。
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これはCD付きですのでだいぶ最近のやつですな^^

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2017年5月 6日 (土)

ゲーム好きの最初の一歩

こんにちは。
仕事をするにも暑くて
今日はパラソルの登場です。
海辺ならともかく
畑の横のパラソルは
ちょっとシュールでした。
 
 
 
 

初めて買ったTVゲームは
ファミコンではないんです。
多分高校生の時だったと思います。
任天堂のブロック崩し。
今の時代からするとビックリするほど
シンプルでした。
画面は長方形のブロックと点と細長いラケット(?)だけ
しかもモノクロ。
ダイヤルみたいなものを回してラケットを左右に動かすだけw

しかし自宅のTV画面でできるというところが
画期的で、正直これにははまりました。
私は眼鏡を愛用していますが、
それは勉強家だったからではなく、
「ブロック崩し」をやり過ぎたためなのです><

そんなのが大人になって一人暮らしなど始めると
もうそこは無法地帯ですw
食費を切り詰めてファミコンなるものを
購入した時の話が本題です。

さて、あまりTVっ子ではなかったワタクシめ、
大学時代のスタート時にTVは家財道具の中にはありませんでした。
すでにファミコンは発売となっていたと思いますが、
TVがないので興味も向きませんでした。
そのまま縁がないままだったらヨカッタノニ…

友だちは既にパソコンを持っていました。
その時にやらせてもらったのが「ロードランナー」です。
ここで再びゲーム魂に火がつきました。

そして、ファミコンを買う決意をしたのでございます。
当時いくらだったかは全く覚えていませんが、
TVも同時に買わないとゲームはできないので、
貧乏大学生にはちょっときつかったです。
しかし、話はそれで終わらない。
実は…

任天堂さん、ファミコンがヒットしたのを気をよくしてか、
次にディスクシステムなるものを発売しました。
私は新しいもの好きです。
ディスクシステムとTVを当時まだ千葉にあった
丸井で購入し喜び勇んで部屋に帰りました。

ところがどこをどうしてみても
ゲームができません。
(この頃から取説なんて読みはしませんでした)
この巨大なソケットはどこに差すんだろう?
ここでやっと本体がなければ、
動かないことを悟りました。

しかもソフトというものもいるではありませんか!

後の祭りとはこのことです。
でもここまで来て簡単に引き下がるのは
悔しすぎる。

次の月まで粗食にすると決め、
本体とソフトを買ってきました。
(恥ずかしくて丸井ではもう買えませんでした)
しかしーなんで買うときに気付かねーかなーw

こうして始まったゲーム人生。
最初に買ったソフトは何だったか忘れてしまいましたが、
「きね子」というゲームにはまったことは覚えています。
(画面が動くジグソーパズルのようなゲーム)
そして「ドラゴンクエスト」が発売となり、
それまでゲームといえば高得点を狙うものだったのが
RPGというジャンルの存在を知り、目から鱗だったのを記憶しています。

そしてもう間もなく「ドラクエ11」が出ますね。
(時間飛び越えすぎw)
RPGなんてかなり久しぶり(ちょっとウソ)
ですが、なんだか楽しみではあります。

※よく調べてみると「きね子」は「ドラクエ」の
後に発売されてますね。
ごめんなさい。
A0011_000230

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2017年5月 5日 (金)

療休明け間近になってハシビロコウを見に行った話

こんにちは。
ついに「立夏」でございます。
七十二候の方が「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」です。
田んぼのカエルの大合唱は今年も健在のようです。
 
 
 
 

以前自然気胸になった話は
書きましたが、
今日の話はその自宅休養中の
話です。

今でもなぜハシビロコウだったのかが
分からずにいます。
その時期にネットかTVでハシビロコウを
見たのは確実ですが、
その「動かない」というところに
何か引き付けられるところがあったのでしょうか。

ハシビロコウをご存じない人のために・・・
ペリカン目、ハシビロコウ科の鳥です。
日本語名は見た目そのままです。
ハシ=くちばし
ビロ=広い
コウ=コウノトリ(近縁種)
図体がでかく、人相いや鳥相がいかついので(wウソ)
獲物(主に肺魚)を狙う際に
じっとしてとにかく動かない鳥です。
動かない様には風格さえ備わっています。
分布は東アフリカの内陸部です。
非常に攻撃的な性格で
ヒトの飼育下ではそれがだんだん増長するとか。
なので人工繁殖が難しい種だということらしいです。
ちなみにレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類です。

さて、話を戻しましょう。
手術の抜歯も終わり
診断書の療養期間も終わりに近づいた頃、
横浜のズーラシアに行きました。
療休中ということもあって、
あまり派手に動き回るのは避けてきましたが、
あまりにも退屈(元気な証拠w)だったので
人目の少ないw平日にお忍びで行ってまいりました。

動物園って平日でも割と人出があるんですね。
他の動物もさあーっと見て、
目的のハシビロコウへ。

動いてましたw

動きは緩慢でしたが、じーっとしている
ハシビロコウを見ることは叶いませんでした。

もしかしたら
「俺のことを動かないで過ごしているやつだと思って
来たらしいが、俺だって動くんだよ~~~~ん、
動かなければ生きていけないじゃん」
とでも言っていたかもしれませんw
なんとなく言い得て妙です。

つい最近またハシビロコウのことを思い出して
この動画には極めて向いていない
ハシビロコウの動画を見ました。

捕食するところの動画でした。
一言で言ってしまえば「ぶきっちょ」
ちゃんと捕まえてはいますが
他の動物のようにスマートじゃない。
攻撃的な性格の割にはユーモラスでさえあります。

なんとなく自分を見ているような気がしてきました。
久しぶりに「zoo」(蓮井朱夏バージョンがいいかな)を聴きたくなってきましたよ。
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