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カテゴリー「Good Old Days」の45件の記事

2018年1月12日 (金)

「Remember Me」

51tlypsvel

こんにちは。
TUBEといえば
夏ですが・・・。

もうすっかりTUBE=夏の図式は
できあがっていますが、
デビューした頃は
コンスタントに冬にもアルバムも出しているんです。

本人たちも開き直ったのかどうか
やがて夏にしかアルバムを出さなくなりました。
でも、冬のアルバムにも
実は名曲が隠れていたり
するんですよ。

ベストを含めて冬のアルバムは
8枚ほど(?)あるのですが、
その中の3枚にわたせせいぞう氏の
絵がジャケットに起用されています。
その絵がまたいいのですよ。

実は「ハートカクテル」もハードカバーの
本を持っていたりします。

そんな冬のTUBEのアルバム。
その中の一つに
「Remember Me」があります。

すべて冬から春にかけての曲になりますが、
まさに寒い時期の一場面を切り取ったかのような
少し寂しくなるかのような
ナンバーが気に入りなんです。

確かに私は
夏の海にはあまり行きませんが、
(ましてや海に入ったことなど思えば数回しかないかもしれないですね)
海辺をドライブするのは好きです。

少し引いた視点での
海がとても好きなのでしょう。

そういう意味でも
海=TUBEであり、
オールシーズンその場面を切り取る
曲はまんべんなく好きだとも言えます。

さて、前田氏は確か私の一つ年下だと
記憶していますが、
ということはTUBEのメンバーも
もう50を過ぎているんですね。

夏のアルバムもいいですが、
往年のファンをうならせるような
渋いナンバーの揃った
冬のアルバムでも出してくれないかなあ
と思う今日この頃であります。


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2018年1月 9日 (火)

Drunken Priest

こんにちは。
残念ながら今はまっているゲームがありません。

RPGといえば
ドラクエに代表されるように
主人公になりきって
冒険をするゲームですが、
意外とその歴史は古いんです。

日本人だと
コンピュータを媒体にしたRPGしか
思い浮かばないのは無理もない話ですが
では、どのようにRPGのゲームは
行われるのでしょう。

現在だと
テーブルトークRPGと言われるものがそれです。
友人にボードゲーム好きな奴がいて
そいつが「RPGやろう」と
言い出したのは
もうすでにTVゲームが盛んだったころでした。
TVゲームの乱数的なところはすべてダイスを振って決められます。
10面体のダイスを2個使えば
0~99の乱数が得られます。

なんだか面白そうで
前のめりになりながら
誘いに乗りましたが、
2人ではできないと言います。
やっと同好の士3人が集まったのは
その話が出てしばらく経った頃でした。

追加で来てくれたのは
ちょっと飲むのが好きな後輩でした。
その時は酒は入っていなかったと
記憶してますが・・・。

テーブルトークRPGが2人ではできないのは
話を進行する役目をする者が必要だからで
(ゲームマスターといいます)
2人だと実際にプレイするのは1人だけになってしまうから
というのが理由です。

それぞれが役目を演じて
問題を解決していくのですが、
TVゲームと違いキャラメイキングにとても時間がかかりました。
というのは、初心者だとどうしても
まったく新しいキャラクターを創造するのが
難しいからだと思います。

なので、どこか自分のキャラを
取り入れたキャラになるのは
仕方のないことでしょう。

その後輩君、
やはりその例にもれず
酒好きなキャラを設定しました。

やったのは
「クトゥルフの呼び声」という
クトゥルフ神話に基づくものでした。
ゲームマスターが言うには
司祭がいた方がよいとのこと。
私が作成したのは戦士系のキャラでしたので
その後輩君が
司祭役を引き受けてくれました。

そしてゲームは進行します。
こともあろうに
その司祭君、酔っ払ってのスタートとなりました。
場面が夜だったからかもしれません。
ゲームマスターはにやりと笑って
いちいち正気かどうかの
チェックを入れてきます。

この正気かどうかのチェックがかなり
重要な位置を占めていて
司祭君大事な場面で酔っ払って
使い物にならないことならないこと。
まだ序盤だというのに
全員発狂し、死に追いやられましたorz・・・

まあ、楽しいかどうかはゲームマスターの腕にかかっているのですが、
それなりに楽しかったと思います。
それよりも面白かったのは
その酔っ払い司祭君、
ダイスで99を2連続で出して
むごい死に方をしたことかもしれません。
ありえない場面でありえないキャラがありえないことをしでかしたわけです。

なんだかゲーム本編よりも
キャラメイクの方が時間がかかった気がしますが、
まあ、それも含めて楽しい時間を過ごしました。

機会があれば、またテーブルトークRPG、やってみたいですね。
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2018年1月 2日 (火)

【新春企画第1弾 「一記事/3h」】その7 詐欺画像w

こんにちは。
古い写真が出てきました。
もうお判りですね^^

Dsc02931jpg
これは10か月の時の写真です。
秩父神社の本殿に向かう階段のところで
座って撮っています。
この頃は「相撲取り」と言われていました。

Dsc02934jpg
これは4歳の時の写真です。
顔だけトリミングしましたが
セミヌードです。
(実はもろ写りのフルヌードもありますw)
つまりはパンツ一丁です。
浦山という所で撮りました。
私のさいこの記憶は5歳時なので
まったく覚えていません。

Dsc02944jpg
これは今現在の写真です。
さっき撮りました。
長期休みに入ると
髭を剃らない癖があります。
殆ど白ですw

さて「相撲取り」から「白熊」へと
変遷を見ていただきました。

この間は写真に撮られることをあまり好まなかったので
数が少ないです。

今見ると
かわいい盛りですが
どうしてこんなになってしまったんだろうと
不思議なほど面影がないような気がします。
(垂れ目なのは今も同じですが)

公開はしませんが
自分がよく撮れてるなと思う
写真が3枚あります。

1枚は大学の時に硫黄山で撮った写真。
もう1枚は就職1年目に同僚とキャンプに行った時の写真。
そして最後の1枚はツーリングに行った時の写真です。

親しい友人に見せると
「詐欺だ」と言われます。

しかし、詐欺だということは
昔はまだ見られたのかなと
いい方に解釈していますw

さて、ここまでで新春企画第1弾を終わりにします。
思ったよりもハードで
予定の順番を入れ替えざるを得ませんでした。

また、今日1日は
入るコメントを見ながら
記事作成に追われ
ろくに返信もしていないことを
ここにお詫び申し上げます。

第2弾があるかは分かりませんが、
今後とも何卒
「回り道の途中で」を
ご愛顧くださることを願い
ひとまず幕を閉じたいと思います。
ご閲覧いただいた皆様、ありがとうございました。

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2017年12月27日 (水)

ストーブとボールペンとコンパスと

こんにちは。
子どもの頃は正月によく家族でゲームをしました。
花札から始まって、人生ゲーム、ペトロポリスなんてゲームもしました。
決まってその舞台は炬燵。
蜜柑が載っていることは
もうお約束ですね。

さて、本日は小学校の頃にちょっとだけ流行った
ゲームを紹介しましょう。
秩父の冬は寒いです。
11月になるとストーブが教室に登場します。
ストーブの上にはなぜか金だらいが置いてあって
牛乳を温めて飲むこともできました。
(時々は牛乳瓶が割れたりもしていましたがw)
ちなみに、さすがに石油ストーブでしたよ^^
石炭の時代ではありませんでした。

秋までは外で元気よく遊んでいた小学生も
冬になると
外に出るのは珍しく雪が降った時くらい。
休み時間は室内遊びが主流になっていました。

何年生の時かは忘れたのですが、
その翌年がスーパーカー消しゴムをノック式ボールペンではじいて
レースのように競う遊びが流行っていましたので
何かで調べればわかるかもしれません。

その遊びとは
陣取りです。
用意するものは
ボールペン、
コンパス、
紙。
この頃の紙と言えばB5でした。

まず、机をストーブのそばに寄せます。
そして、コンパスは広げる大きさを固定にします。
四隅を中心とした4分の一の円が自分の陣地となります。
なので、参加人数は4人です。

順番を決めて、
一人ずつボールペンを紙に立ててはじいてできた線で
新しい陣地が広がっていきます。
3回で自分の陣地に線が戻るようにしないと
自分の陣地とはなりません。
うまく3回で陣地に入れると
ボーナスとしてできた二つの頂点を中心として
コンパスで丸を書き
それも陣地となります。

休み時間は限られたもの。
たいていは大してやらないうちに
終わってしまいます。

誰が勝ったかなど
小学生には
面積を比較する目などなく
いつも、もやっとして終わっていました。
それでも、なんだか楽しかった。
暖かかった。

流行り廃りはこのゲームも
例には漏れませんでしたが、
何でも遊びに使ってしまう
子どもの発想には
脱帽するしかありませんね。
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2017年12月23日 (土)

ホワイトクリスマス

こんにちは。
明日はイヴですね。

半世紀以上生きてきて
記憶にあるホワイトクリスマスは
ただ一度だけです。

雪をかき分けて
一番近所の家に行ったことを
覚えています。

膝下くらいまで積もっていたでしょうか。

それは我が家にまだ交通手段としては
父の原付くらいしかなかった頃。
かといって、電車やバスに乗った記憶もあまりなかったので
例えば雪で交通がマヒしたとしても
我が家には何の影響もありませんでした。

雪をかき分けて行った隣の家も
ゆうに500mは先にありました。

ないないづくしの雪の世界。
その日ケーキさえ食べたかどうか
怪しいものです。

それでも、
子ども心にその雪が特別なものだということが
分かりました。
なぜなら、ホワイトクリスマスを
イメージすると今でも必ずその時の
映像がよみがえるからです。

隣の家から帰る途中で
見上げると街灯に照らされ
白くて少し湿った雪が落ちてくる。
街灯の下だけはっきりと見える。
見つめ続けていると
雪は降っているんじゃなくて
のぼっているようにも見える。
だんだん自分が地面に足を付けているのかどうかも
分からなくなる・・・

そして向こう側には
明かりのついた窓がある。
大したものは何もない家だったが、
なんでもあるような気がした。

いつかログハウスに雪が積もったら
こんな光景が
再現できたのかもしれませんね。

どうやら今年もホワイトクリスマスには
なりそうにありません。
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2017年12月21日 (木)

白い粉の恐怖

こんにちは。
今日はちょっと早めのアップです。
というのは、朝のうちに
下書きを終えたからです。

手荒れの季節真っただ中ですね。
ハンドクリームを買いました。

セメントの街秩父、
小さい頃は家のすぐ近くに
石灰の入ったタンクが放置されていて
よくその中に入って
遊んでいました。

そのタンクは上にふたが付いていましたが、
ふたは開けることができ、
中に入ることができました。

中は石灰が3分目くらい入っていました。
子どもだったら
楽々中を移動するくらいはできる
高さがありました。

石灰は肌に悪いですね。
私の人生史上最悪の手荒れは
この頃でした。

石灰まみれになって遊んで
手がボロボロに荒れたものでした。
あかぎれもすごかったです。

でもその楽しさは
手荒れを忘れさせるのに十分余りあるもので
寒い冬もタンクの中は暖かだったのも手伝って
石灰を固めてようと水をかけて
踏み固めようとしたり、
土と混ぜて泥団子を作ったり・・・。

そのせいかどうなのか
手の皮がすっかり厚くなったようで
石灰いじりをしなくなってからというもの
手荒れはあまり経験していません。
(今ではすっかりカサカサにはなりますがw)

当然タンクの中は動き回ると
石灰が舞いきっと肺にも悪かったはずです。

怖いですね、白い粉・・・。

やがてそれは父が管理しているのだと聞き、
(実際は母でしたがw)
遊ぶのも禁じられたような気がします。

秘密基地として
おあつらえ向きだったのになぁ。
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2017年12月13日 (水)

真実を知る者

こんにちは。
まだ、秩父の学校では
スケート教室なるものがあるのでしょうか?

千葉に来て
「秩父って雪降るの?」
と聞かれたことがあります。
「スキー場ってあるの?」
とも。

確かに、県南の方よりは降りますが、
降るとドカ雪になったりするんですが、
冬にスキーを楽しむほどは
降りません。
一応、太平洋側なものでw

そんな秩父地方、いや私が通っていた
学校にはスケート教室が年1回ありました。

珍しく母が聞きます。
「お弁当は何がいい?」

しばし考えた私は
「サンドイッチ」と答えました。
どうせ冷たいものを食べることになるなら
いつも冷たいまま食べるものがいいだろうと
考えてのことです。
同じ冷たいものでも
ご飯よりもサンドイッチの方が温かいような気がしませんか?
しかも、カップスープ(当時あったかなあ)を
持って行けば温かいものも食べられるのです。

母はあまり弁当のおかずには気を配らない人だったので
サンドイッチの具は1種類でした。
でも、なんだか朝から張り切っていて
ポテトサラダを作っています。

「売っているポテトサラダって
なんだかピリッとしているけど
あの味は出せないなあ」
などと言いながら・・・。

私は知っていたのです。
そのピリッが玉ねぎに拠るものだと。
しかし、母には
「マスタードじゃないかなあ?」
とうそぶき、玉ねぎ混入を防ぎました。
そうなんです。
私は当時玉ねぎが大嫌いで、
中でも生の玉ねぎが苦手でした。

スケート教室に持って行った
サンドイッチは
美味しくいただきました。
(サンドイッチが凍っていたというオチはないですよw)

それからもずっと実家のポテトサラダは
玉ねぎ無しです。
あの時、的確なアドバイスをしなくてよかったと思います。
(時々リンゴが入りましたがw)

当時秩父っ子の多くがスケート靴をもっていました。
私はもっていなかったので貸し靴のフィギュア用で滑りました。
(いや、滑れてない)
これまでのブログ内容から分かるとは思いますが
手すり磨き専門でしたw
唯一のホッとした時間は
母の作ってくれたサンドイッチタイムでしたとさ。
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2017年12月 2日 (土)

あるバイト、アルバイト

こんにちは。
振り返ってみると
いろんなバイトしたなあと思います。

母の手伝い(学研など)で小遣いを
もらってからずっと
お金は仕事をしてもらう
ということが根付いて
いるようです。

だからでしょうか。
不労収入を得ることに
抵抗を感じているのかもしれませんね。
(まあ、元手もないのですがw)

一体何種類くらいの
アルバイトをしたでしょう。
ちょっと紐解いてみようかと思います。

電子機器製造(高1)
土方(高校卒業時)
コンサート整理係(大1)
チラシ投函(大)
引っ越し業(大)
家庭教師(大~プー)
厨房補助(大~プー)
バス運行状況調査(大)
パン製造(大)
郵便業務(大)

それ以降は公務員ですので
一切アルバイトはしていませんが、
もっとあると思った割には
こんなものかという感想ですね。
短期が多いですが、
家庭教師は請け負ってから就職するまで、
厨房補助は約1年半くらいはやったでしょうか。

高1の時の電子機器製造は
部活を1年でやめて(翌年以降は違う部活に入りましたのでしませんでした)
また、ビデオデッキが欲しかったので
やったと記憶しています。

土方は知り合いのおじさんから
来た話でしたが、
1日やって続けられそうもなく
断ってしまいました。

大学に入ってまずしたのは
コンサートの整理係。
友だちと一緒にしました。
確かわたぼうしコンサートだったと思います。

チラシ投函と引っ越し業は
夏の間のバイトでした。
どちらも結構いい収入になったような気がします。
特に引っ越しはご祝儀が出ることもあり、
のし袋をもらうと懐もほくほくになりました。
暑い中での仕事だったんですけれどねw

バス運行調査は2,3日のバイトでしたが、
仕事の当日、人が集まり過ぎていて
交通費だけもらって帰ってきましたw

パン製造も1日だけの募集でした。
深夜勤で支給の飯もパン。
工場でのパンの匂いとかもあって
その後しばらくはパンを食べられなかった
記憶があります。

同じく深夜勤だったのが
郵便業務。
年賀状の仕分けです。
もうすでに番号読み取りが自動化されていた頃でしたが、
仕分け棚がいっぱいになると
アラームが鳴る仕組みだったような。
そのアラームの音が「アマリリス」。
これもしばらくは耳を離れませんでしたね。
仮眠をとった後に朝食を食べながら(社員食堂)
港の向こうに見た富士山が綺麗だったことを
覚えています。

厨房補助はもう何度もこのブログに書いていますね。
家庭教師についてはまたの機会にしようと思います。


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2017年10月31日 (火)

UFO奇譚

こんにちは。
それでも胡散臭い話ですw
 
 
 
 

怖いにもかかわらず木曜スペシャルUFO特番をよく見ていました。

まあ、そんなものを見なくても
ぼーっとした性格、空を眺めていたでしょうが、
見たことあるんです、UFO。

「UFO見ました」と言うと
多分胡散臭いと思われてしまうと思うのですが、
その目にそういうものが映ったならば、
それは真実です。
「未確認飛行物体」なのですから。
なんだかわけのわからないものが飛んでいるよっていうのと同じです。
「異星人の宇宙船を見たよ」と言えば
そこで初めて胡散臭くなるのです。
(現段階ではの前提ですが)

大方は何か説明が付くものを見ているらしいのですが、
私の見たものはどうなのでしょう。
思い出せる限りでは3回あります。

1回目
遠足に行った山の上で見ましたから
真昼間の事です。
山の頂上について切通しの向こう側遥か彼方に
黒いゴマ粒のようなものが見えました。
まあそれだけなら「どうせ飛行機か何かだろう」ということになるでしょう。
でも、そのゴマ粒のすごいところは
帰るときも同じ場所にいたのです。
なんだか言っても仕方ない気がして
今、この場で公にするのが初めてです。

2回目
特番をやっていた頃は極力暗くなると
外に出るのは控えていましたが、
友だちと遊んですっかり日が暮れて
帰り道、お寺の脇の坂道で見ました。
その頃ちょうど学校で北極星を中心に星空は回っている
ということを習いたてで、
そんなに早くは動かないのに北の空を見入っていました。
すると北極星の周りをまわっている光の点がありました。
明らかに星々が回転するより速い速度です。
今思うに円運動だけなら何か他のものも考えられなくはなかったのですが、
まるでクエスチョンマークのような奇跡を描き始め
怖くなって走って帰ったことがありました。

3回目
これについては何かの見間違いかもしれません。
友だち4人で北海道へ車旅をしたときの
ことでした。
行きの東北は岩手の辺りで眠くなって
寝てしまったのですが、
青森に差し掛かるかというところで起き
(昼間だった)
雲間に妙な円盤状のものが見えました。
それは見ている間静止しているようでした。

しかし、この時を最後に
(21歳の頃)
まったくそれらしきものは見ていません。
なにか清らかなものを失った気がしていますw
A0002_001187
ひっくり返って不時着か!

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2017年10月21日 (土)

♪渚のカセット、好きな歌だけ詰め込んで

こんにちは。
なぜか大量に空のMDが出てきました。
その訳は・・・?
 
 
 
 

さて表題はTUBEさんの「サマードリーム」ですが、
まだカーステがカセットが主流だった頃
自作編集でカセットに音楽を詰め込んでいたものです。
(MDでもやりましたが)

その当時、大活躍だったのは、
表計算ソフトです。
私はワープロ時代、「書院」を使っていましたが、
簡単な関数はできたと記憶しています。
(やがてロータス123からエクセルへと)

たかが気に入りの曲を編集するのに
表計算を使うまでもないと
今では思うのですが、
当時は自分の気分のあり様の変化もわかる気がして
じゃあ、正確に処理をしてみようと
思ったのが始まりです。

まずは、曲のデータを
打ち込みました。
その当時で1500曲くらいあり
打ち込みだけでも大変な作業でした。

後には大体のアーティストさんは
ディスコグラフィーのサイトをもっているので
それに従って入力することができるようになりましたが、
そのようなものがなかった時代には
分厚いCD年鑑からいちいち転写していました。

廃盤なんぞになっていようものなら
なんとか情報を得ようと
ネット上を行ったり来たり。
そういえばオリコンさんのデータ本にも
お世話になりましたが、
こちらは100位までに入っていることが条件ですので、
アルバム曲やあまりヒットしなかった曲は
漏れてしまいます。

データの打ち込みが終わると
次は自分の指向性によって
曲を並べる作業へと突入していきます。

このときに使ったのがRAND関数です。
処理のためのセルにRAND関数をいれ、
あとは昇順なり降順なりで並べ替えるだけで
1500タイトルが並び変わっちゃうという
優れものの関数です。
この関数を使って
1500超の曲から2曲をランダムで取り出し、
どちらが聴きたいか比べ、
聴きたい方に1Pという具合に
ポイント加算をしていくわけです。

全部総当たりにすると
(1500-1の2乗÷2回)くらいの処理が必要になりますが、
1曲あたり100回ほど処理すると
大体傾向が出てきてそれをランキングにし
カセットに録音していくという方法を
採っていました。
(この録音がまた一手間です)

いくらPCが計算をしてくれるとはいえ、
こんな面倒くさいことはもうしないと思います。
(というよりも、音楽を聴く頻度すら減りました)

でも、当時のランキングをプリントアウトしたものが
出てきたりすると
やはり懐かしい気持ちになりますねえ^^
A0002_001549
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