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カテゴリー「Good Old Days」の57件の記事

2018年6月23日 (土)

ある中学生のねつ造実験

こんにちは。
この時期になると胸が痛むw

理科の実験は大好きでした。
当時は第1分野、第2分野と教科書が分かれていて、
第1分野は化学、物理学。
第2分野は生物学、地学でした。
今はどうなのかな。

それは生物学の実験でした。
植物の呼吸についてやっていたと思います。
学校でした実験のことはあまり覚えていないのですが、
その日宿題で実験をするというのが出ました。

それは、ユリの花を一晩ビニール袋に入れておくというもの。
花には葉緑素がないので
光合成をしません。
よって排出されるのは二酸化炭素だということを
証明する実験だったと思います。
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学校で蕾を受け取りさっそくビニール袋に入れて
口を閉めてカバンに入れておきました。
家に帰ると宿題のことはすっかり忘れ
気が付いたのは翌日の朝でした。

見るとビニール袋はぺしゃんこになっていて
採取できる気体などは期待できないものでした。

「どうしよう・・・」

既に植物も呼吸をしていることは
知っていたので
ポンと閃きました。

「植物の呼吸も人間の呼吸も同じだ」

そこでやってはいけないことを
中学生はしました。
ビニール袋を紙風船のように
ふぅーっと。

何食わぬ顔で
宿題を提出すると
実験結果はおのずと知れた
二酸化炭素の反応。

あれから、ユリの花が咲く頃になると
思い出しては
ニタリとする
俺なのでした。

いけませんね。
ねつ造は!


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2018年5月 9日 (水)

ピーマンを食べられるようになった日

こんにちは。
それは突然にやってきました。

野菜嫌いでした。(特に生野菜)
あまり癖のないものは食べられたのですが、
(キャベツ、キュウリなど)
ピーマン、タマネギ、ネギ、ニラなどは
なかなか食べられませんでした。

給食では好き嫌いなく食べるようにとの
先生のお達しにより、
コッペパンの中に詰め込んで
持ち帰るという
荒業でやり過ごしていました。
(好き嫌いの対象にならないからでしょうか、
パンは残しても可だったんです)

そんでもって今日は
その中でも
不思議な食べ始めだった
ピーマンの話です。
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いつ食べることができたか
というと
それは高校卒業時です。
卒業パーティがあって、
その料理の中に
サラダがありました。

実はパーティというのは
とても苦手で
今でもそうなんですが、
ある程度大人数になると
途端に居づらく、
話もあまりできませんでした。
(耳が悪いことも一因していると思われますが)

そうなるとすることはただ一つ。
「食べること」です。

好きなものから食べて、
よもやもう食べられるものがないなと
思った瞬間、目の前にあったのは
サラダでした。
それも、ピーマンの千切りがこんもりと
盛られているという・・・。

仕方なしにそのサラダを食べ始めたのですが、
ピーマンの味が
思っていたのと違って
意外にも「旨い」と感じたのを
今でも覚えています。

それからというもの、
ピーマンを普通に食べられるようになりました。
しかし、その始まりが生だとはねえ。

なんで卒業シーズンでもないのにこの話になったかというと
今朝「無限ピーマン」なるものを
こしらえたからです。

10個もあったピーマン。
無限という割には
すぐに食べきってしまいました。

美味しかったあ。

そういえばこの時もう一つ食べられるものができたそれは
セロリだったのでした。


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2018年5月 7日 (月)

運動音痴なのに

こんにちは。
それは、ばりぼー!

高1までは体育会系の部活を
していたんですよ。
その後はもう体を動かすといえば、
体育の時間くらいで
それはもう、体育、苦手でした。

それは観戦でも発揮されて
家族がTVで野球だの、相撲だの、マラソンだのを
見ていてもまったくと言っていいほど
感心は持ちませんでした。

そんな俺でも
背がまあまあ高いということで
バスケ、バレーについてはさほど
抵抗感がなかったからでしょうか。
バスケはともかく、
バレーだけはよく見ていました。
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それは高3の頃、
TVでバレーの中継をしていたのを見て
目を覚ましました。
「バレーボールがしたい」
しかし、時はもう高3.
受験のためもうみんな部活の方は引退していました。

「よし、大学に行ったらバレーやろう」
と決心したのですが、
なんと友だちとの絡みで
門を叩いたのが
ソフトボール同好会。
もちろん、名簿に名前だけ書いて
実活動は0だったことは
想像に難くないでしょう。

念願のバレーは就職してからかなえられました。
若かった頃は勤務時間後の
バレーボールが盛んで、
よく仲間に混ぜてもらっていました。
もっぱら「ブロック要員」でしたが、
仕事の後の気分転換に
とてもよい活動でした。

しかし、歳を重ねるごとに
だんだんそういう活動もなくなってきて、
ある日、久しぶりにやったバレーで
ぎっくり腰やっちゃいました。

それくらいから
だんだんと体形がバボちゃんに近づき
バレーなどできない体になってしまいましたとさ。
Happy ever after!


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2018年5月 6日 (日)

君はチョコベーを見たか

こんにちは。
懐かしアワーです。
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もうそのチョコレート菓子の
味も忘れてしまっていますが、
今でいうスニッカーズみたいなものだったかな。
森永製菓「チョコベー」
このCMを見て地面にうつる自分の影を凝視し
空を見るとぼんやりと白く自分の影が映し出されるように見えるという
事をした小学生は俺だけではなかったんじゃないかと思います。

さて、このCMですが、
撮影ロケーションは
茨城県。
そして映し出された山は筑波山なんだそうです。

当時田舎には武甲山という山があり、
(いやいや、今もあるから・・・だいぶ低くなっちゃったけど)
同じようになぞらえて
この影を見ていました。

「チョコベー」にはシールがついていて
〇〇べーと名付けられた子どもの絵がシールになっていましたが、
このキャラ立ちも何もしていないシールを
集めていたのは何によるものなんでしょうね。
びっくりマンならわかる気がするのだけれども。

何故か俺の中では
この菓子とセットになって覚えているものがあるんですが
もう名前も忘れてしまった。
それは確かラーメンだったような。
すごく安くて美味しかったことを覚えています。

多分、ブタメンではなかったと思います。
やっぱりシールが付いていたような・・・。
(かなり記憶曖昧)

このシールがキャラ立ちしていないことが
功を奏したのか
シールだけ集めて
チョコを捨ててしまうという
後の社会現象には
ならなかったことは
まだまだ子どもの持つ
小遣いなど少なかった時代のせいなのかもしれませんね。

そんな訳で
この「チョコベー」
値段を知らなかったのですが、
調べてみてびっくり。
1個20円でした。
20円でチョコとシールと影法師。
なんと贅沢な時代だったのでしょう。


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2018年5月 3日 (木)

頭部から出血して思い出したこと・その2

こんにちは。
皆さんは「がめ」ってなんだか分かりますか?

今日は痛い話ではないです。
かといってきれいな話でもないのでご注意を。

一昨日、頭にかさぶたができて
触った時に思い出しました。
感触がとても似ていたんです。

それが「がめ」
さて「がめ」とは何なのか。
まずこの言葉の出所から。

ここにきて初めて調べました。
おおよそ方言だろうと。
ならば怪しいのは母の出身の上越地方。
検索してみるとやっぱりありました。
秩父では通じなかった訳です。
(もちろん、千葉でも)
今でも使っていらっしゃる方はいるのでしょうか。

さて意味ですが
なかなか一般的な言葉がないようなんです。
しいて言えば頭部にできる吹き出物。

どんなものかというとまさにかさぶたなんですが、
黄色っぽいものだったように思います。
それを乱暴にはがそうとすると
血が出て本当のかさぶたもできたりしていました。

俺、子どもの頃この「がめ」がよくできていまして、
原因も何となくわかっているんです。
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子どもの頃家の近くに大きなクルミの木がありました。
身が落ちる季節になると
よく採りに行って食べていました。
そうなんです。クルミの食べ過ぎで
できるようなんです。

さすがに大きくなってからは
クルミを食べ過ぎることもないし
「がめ」もできていません。

でももしかして今中性脂肪値が高いのは
このせい?(クルミのせいではなく脂っこいものが好きだということ)
と少し疑っています。

それにしても、
自然の恵みが(ただで)おやつになる
生活というのは
(食べ過ぎなければ)
豊かだったんじゃないかと
思う今日この頃です。


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2018年5月 2日 (水)

頭部から出血して思い出したこと・その1

こんにちは。
今だと管理責任ということになるのでしょうか。

俺は引っ越しの時期と重なってしまったため
幼稚園には3カ月ほどしか行っていません。
当時、その幼稚園の昼食はというと
ジャムパン、クリームパン、あんパンのローテーションのみで
あとは牛乳が付くだけという
今ではきっと考えられないような
ものだったのを覚えています。

だから、幼稚園には深く憧れをもったまま
小学生になっちゃいました。

小学校、高学年の頃だったと思います。
学校の近くに幼稚園がありました。
学校の帰りに友だちと何を思ったか
そこで遊ぼうということになり、
既にとうのたった子どもであるにもかかわらず、
幼稚園のブランコで遊んでいました。
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既にとうがたっていましたので、
座っておとなしく漕ぐはずはありません。
立ち漕ぎしていました。
そして足が座板から離れ、
手を放すタイミングもおかしかったのだと思います。

ブランコの下に倒れ込む俺。
逆放物線を描いて座板は俺の頭を直撃。
この時目から火花が出るということを体験しました。

さすがに遊ぶのは終わりにして家に帰りました。
帰り道、もうすぐ家というところで頭に手をやると
血がべっとり。

家に帰り、病院に行ったのは言うまでもありません。
初めて縫合というものを経験しました。
5針縫いました。

当時は呑気なものです。
今だと幼稚園に連絡を入れ、
管理責任云々を言うのでしょうか?
まあ、今でも同じことをしたとしたら
「お前が悪い」と言われそうですが。

親には「馬鹿だね~」と言われ終わったこの事件も
平和なうちに終わって
抜糸と共に忘れ去っていました。

もう一つ。
いつのことだったかは忘れましたが、
採血だか予防注射だかをしたときに
いつものようにワクワクして
(ここが変なところなんですが、うちの親は「そんな悪いことをすると注射しちゃうぞ」とは
子どもに脅しをかけていないからと言っていました。どんな小さなイベント事も
ワクワクしてしまう子どもでした)
注射を受けるはずがその日は体調が悪く
テンションだだ下がり。
注射をしてもらって、部屋を出るときになんだか騒がしい。
振り返ってみると床には赤い点々。
腕には赤い筋がツーっとついていました。
騒がしいと気づくまで気が付かなかった。
急いでティッシュで床を拭くと
そそくさと退散しました。
今だとやれ消毒だのとちょっとした騒ぎになるんだろうなあ。

だいぶ後になって、
「動物のお医者さん」でもどこか見たような
シーンがあり、笑ってしまいました。

しかし、昨日といい、出血して
気付かないというのは
どれほど?
ちょっと、この鈍さは何とかせんとイカン。
いつか命取りとなる前にw

もう一つ思い出した話は明日にでも^^


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2018年4月16日 (月)

夜の音

こんにちは。
音が気になって眠れないことはありますか。

子どもの頃は高台に工場の建つその下に住んでいたから
24時間稼働の工場の音がいつもしていた。
そう、秩父はセメントの街。
いつでも工場のうーっていう
音がしていた。

その音をうるさいという人もなく、
俺は俺で何となく深夜にも動いている人が
いることを思って
安心していた覚えがある。
もしかすると、子守唄にも似ていたのかもしれない。

大学入学と同時にひとり暮らしを始めたが、
借りていたアパートの近くには
やはり工場があり
静かな低温が流れていた。
あ、田舎と同じだ。
そう思いながら
眠りに就いたものだ。

次の引っ越しで
夜の音がない場所になった。
昼間でも世界に音が消えたような
錯覚を起こすことがあった。
たぶんそれで音のない夜に慣れてしまった。

そして今、部屋の中には
空気清浄機が置かれている。
昼間は気にならないその音も
夜になると途端に気になりだす。
工場のあの音に
似ているはずなのに
耳に障る。

電源を切ると
静寂と眠りが待っている。
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とか何とか言って、
PCをつけっぱなしで
ファンの音がしていても
気にならない癖に。

考えるに
工場のあの音に近いからなおさら、
気に留めてしまうのかもしれないね。

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2018年4月 5日 (木)

一番怖いもの

こんにちは。
知らないことは怖いこと。

それは高校の現代国語の授業中、
担当教師が言いました。
「この世で一番怖いものの絵を描いてごらん」
(何故、現代国語でそれなのか・・・
覚えていません。もしかしたら違う教科だったかも)

教室内はざわつきました。
「怖いもの?」
真面目な者たちはいろいろ想像しているようでした。
不真面目な者たちはテキトーでしたw
俺が真っ先に思いついたのは
宇宙人の絵でした
目が大きくフードをかぶったようないでたちで
指が細くたらすように伸びている図。

数分待ってその先生は黒板に自信たっぷりに
次のような絵を描きました。
Photo

「???」
みんなの頭上に?が浮かびます。

それは、こういうことでした。
「実は本当に怖いものは描けないはずだ」
「だが、描ける範囲ではこれが一番怖い」
と。
つまり、未知のものが一番怖いということでした。
知らなければそれがどういうアタックを
してくるか分からず、
そのことが一番怖いとのことでした。

確かにこの線虫のようなものが
目の前に現れたら
自分にどんな害が及ぶか分からず怖いですね。
もう少しいえば、
攻撃などしてこなそうなところから
攻撃があると怖いですね。

知識欲とは人が洞穴に住んでいた頃から
自分の身を護るために
身につけたものなのですね。
知識は人を助けてきた。

何人かは知りませんが、
知識を得るために納豆を初めて食べようとした人には
頭が下がります。
(別に納豆でなくともいいのですが、ビー玉さんとかいう人に共感をして欲しくてw)

現代社会では、とかく知識が氾濫しています。
今度は取捨選択する力が必要なようです。

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2018年3月22日 (木)

完全無料のめんこ遊び

こんにちは。
子どもはホントに遊びの天才。

それは、給食の牛乳が瓶で出されていた頃のお話・・・。

牛乳のふたは、紙でできていて
当然のごとく丸い形をしていました。

紙でできた丸いもの・・・
そう、めんこです。
そして子どもたちの流行りはいきなりです。
でも、みんなよくついていってました。
誰もが強いめんこを手に入れたいと願います。
時には違う方向に進む子供もいて、
ふたに絵を描くなどビジュアルにこだわった
輩もいましたが、
極少数派です。

ある者は油をつけ、
またある者はロウを塗りました。
なるべくぺちゃんこな方がいいと聞くと
学習椅子と座布団の間において
ひたすらケツ圧を行使している者もいました。

ふたを開けるときもかなり慎重になります。
ピンのようなふた開けを使うものはいませんでした。
また爪を切らずに少しずつ端から開けるようにしていた者もいました。

どこがどう違うのか分からないまま
強いめんこは存在していました。
たかがそれ以前だったら捨ててしまうふたも
極上の価値をもつようになります。

勝った者が負けた者のめんこがもらえるのですが、
そこは所詮牛乳瓶のふた。
金銭的な損失は何もありません。

遊びにも金のかかるこの時代。
何とも羨ましいではありませんか。
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2018年3月15日 (木)

バンダナが流行っていた頃でもそんなに頭に締めてる人は見かけなかったけれど

こんにちは。
何でも自分でできると思ってはいけないのですな。

一人暮らしを始めた頃は
そりゃあ経済的にもなんとかしようと
あれこれ考えたものですよ。

自分で髪を切ってみるというのも
その一つ。
しかし、その気になった俺は
大事なことを一つ
忘れていたのでした。

実は・・・
空間認知が悪いんです。

しかも当時すでにスキカルという
散髪商品が出ていたのにもかかわらず
はさみ(文房具屋で買えるようなやつ)
1丁で果敢にも取り組んだので
結果は散々なものでした。

とても人前には出られないレベル。
仕方なく、だんだら模様を
極限まで刈って、
トップを残し今でいうソフモヒのレベルまでにもっていきました。
しかし、生来おとなしめな俺のこと、
ソフモヒとかいう髪型で街を闊歩する勇気はございませんでした。

ここで引きこもりにならなかった俺、偉いw

いろいろ案じて、バンダナを巻くことで
髪型をカバーする手を
思いつきました。

今思うと何とも恥ずかしい図ですが、
髪が伸びるまでの辛抱と
耐えながら大学に行っていました。

今では日常生活に困らないくらいの
自分でやるというスキルを
手に入れてはいますが
こういう紆余曲折が
あってのことなのです。

親父の髪を刈るようになって
電気バリカンも
買いました。

一人きりで
山での仕事をしている時は
いいかと
またもや果敢にも
自分の髪も刈ることにしています。

見るのはカラスぐらいのもんだからねw
バンダナもしないよ。
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