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カテゴリー「Good Old Days」の28件の記事

2017年7月25日 (火)

小学生の労働とその対価

こんにちは。
今年初のトウモロコシを食べました。
最近のトウモロコシは
ハズレがありませんね。
 
 
 
 

以前にも触れたことがありましたが、
母は学研のおばちゃんでした。
そして私は積極的に
手伝いをしました。
「学習」と「科学」は1冊配達すると
うん十円という出来高制でした。
(ワークシートはもうちょっと高かったように覚えています)
そして配達を手伝うと
配達した分を丸々報酬として
私にくれました。

私はそれが嬉しくて、
月に一度のこの労働を心待ちにしていたものです。
そこで私は目標を立てました。
お金を貯めてやはり学研の「電子ブロック」を
買うというものです。
確か1万円くらいしたはずです。
一生懸命手伝いをして
その報酬とお年玉を合わせて
「電子ブロック」を買うことができました。

しかし、対価はそれだけではなかったのです。
それまで人見知りで引っ込み思案な性格の子どもだったのですが、
この「配達」という労働で他人と接し、
社交性を身に着けることができたと思っています。

また、子どもたちの間でも
ちょっとしたステータスのように扱われ、
人気者とはいかないまでも
配達エリアでは
名前と顔を知られる存在となりました。

これが母の目論見だったのかどうか
今となっては分かりませんが、
私の人生にプラスになったことは確かなようです。

それにしても当時の「学習」と「科学」
(とくに「科学」の方)の
付録はとても魅力的でした。
家が学研のおばちゃんをしていると
全学年の付録を見ることができます。
(商品なので自分の学年以外の付録は見るだけですが)
今でもシーモンキーや
水質調査などの付録を覚えています。

もう「学習」と「科学」も廃刊になって久しいですが、
今でも書店で「大人の科学」を見かけたりすると
あの頃のワクワク感ががふっと蘇ってくるのです。
これもあの頃の対価なんですかね^^
A0990_001366jpg
いくら何でもこんなクラシックな自転車ではなかったか・・・

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2017年7月15日 (土)

笑っちゃうようなスイカの話

こんにちは。
猛暑日・・・。
 
 
 
 

スイカはどちらかというと
苦手です。
味的には好きなんですが、
どうもあの種を口から出す時に
手間取っていつの間にやら冷た~いスイカが
ぬくくなってしまい
やはり冷たいのがウリのスイカを
冷たいままの喉越しを味わえない不満からでした。

種のある果物はたいていそうです。
サクランボ、ブドウなどなど。
ま、いちごも種がついているといえば
そうなんですが、
アレを一つ一つ出して食べる人はいませんわな。
だからイチゴは大好物です。

ミカンは時々種があります。
ミカンの種はなぜか出しやすい。
果肉がつぶつぶだからでしょうか。
でも油断していると飲んでしまうことがあって、
その後は本気でへそから芽が出てこないか心配したものです。(遠い目)

だいぶ脱線してしまいました。
スイカの話、スイカの話っと。

そんな訳で一人暮らし時代は
スイカはほとんど食べませんでした。
(今はシーズンに何度かは食べます)
でも、もしかしたら、この事件があったからかもです。

それは夏の昼下がり、
兄妹、二人で掃き出し窓の
そばに座りスイカを食べておりました。
なぜか妹は、山口百恵さんのLPを
かけながら。

忘れもしません、真っ赤なプラスチックでできた
レコードプレーヤーでした。

兄はたぶんスイカの種が口に入る前に
出してしまおうと考えたに違いありません。
持っているスイカを割って
見えるところにある種を
取ってしまおうと考えたに違いありません。

ぱかっ。
勢いよくスイカは割れました。
しかし、食べかけのスイカは
よく滑るのです。
2つにわかれたうちの一つが重力に素直に従いました。
その先が・・・。

レコードプレーヤーの針の上、どストライクです。
当然レコードには穴が開きました。
烈火のごとく怒る妹。
「ごめんよー><」

山口百恵さんのそのLPの曲を
聴くたびに1か所だけブツっと
なるたびにスイカのことを思い出すのでした。

そんな訳で、私はスイカに畏怖の念をもっていたのかもしれません。
今では笑い話になっているのですが。
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2017年7月14日 (金)

考えて考えた末の夏休み自由研究

こんにちは。
梅雨前線、どこに行く~?
 
 
 
 
 

自由なことは難しい。
何をすればいいのか頭を悩ませることになる。
子どもの頃の自由研究の話である。
できれば誰もやったことの無いような
ことがいい。
で、できればそんなに手間がかからないものがいいw

しかし、結局選んだテーマは偉く手のかかるものだった・・・。

鉄っちゃんではなかったと思っていますが、
一時期、駅名に興味をもった時期がありました。
そこで選んだテーマは
「日本の駅名で一番使われている漢字は何か」
というものであります。
今ならば、(やろうとは思わないが)PCを駆使すれば、
もっと簡単になっているはずです。
しかし、
当時、そのようなものはなく、
ノートに書き出して
「正」の字を書いていくという
作業を延々行おうとしていたわけです。

時刻表の路線図を傍らに置いて、
一つずつ駅をチェックしていきました。
宗谷本線からだったか、
根室本線からだったか。
今でもやたらと「別」とか「内」とかが
多かったのを覚えています。
漢字も出てきた順番に並べているだけだったので
「あれ?この漢字前にも出てこなかったっけか」
となり、探すのも一苦労でした。

しかし、この研究。
8月の終わりごろになっても、
北海道を出ませんでした。

きっと、飽きたものと思われます。
研究としては非常にしょぼい適当なものを提出したと
思われます。

それにしても、北海道の路線図。
当時と比べるとずいぶんと
すっきりしてしまいました。
当時行ったわけでもないのに「幸福」駅などという
駅名を見つけて
訳もなくワクワクしていましたが、
もう鉄道駅としてはないのですね。

今なら「正」の字でもできるかもしれない。
漢字を五十音順にでも並べて
エクセルを使って・・・。
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2017年7月 3日 (月)

テントになる車

こんにちは。
そうめんが続くと飽きますよね。
さて、この夏はどんな創作そうめんが登場するのかw
 
 
 
 

私にとっての4台目の車は
bBオープンデッキであります。
使い勝手がとてもよくて
かなり長い間乗っていました。
ネットでの評判は悪いようですが、
既にセルフビルドに手を染めていた
私にとっては
汚れることを気にしないで
荷物を積める、このことが大きな魅力だったのです。

とはいえ、買った当初はまだ家を建てるなどとは
夢にも思っていませんでしたから、
その時の魅力はやはり旅にありました。

その前はRAUMでしたから
車の中で寝るとすると
(基本、私の旅のスタイルは車中泊です)
まったくフラットにならず、
疲れも取れませんでした。
bBはさらに小さいしその上後部座席を
ピックアップトラックばりの
荷台に取られているわけですから
フルフラットなど
夢のまた夢だと思われますが、
オプションパーツを購入することで
テントになるのでした。

初めて使ったのは北海道旅行でしたが、
キャンプ場でない限り場違い感がものすごいため
だーれもいないような
駐車場でこっそりテントを張り
一夜を過ごしたものでした。
キャンプ用の調理器具も買って
ホタテをバター焼きにして食べたっけ・・・。
その時のビールの旨いこと。

実家に帰った時も姪が乗りたいというので
(実は姪は荷台に乗せてもらって疾走感を楽しみたかったらしい)
キャンプ場に行き、花火をして寝ました。
父と3人だったのでとても狭苦しかった
ことを覚えています。

そんな車でしたが、
テントを張ったのは数えるほどしかなく、
家を建て始めてからは
荷物運びに大活躍でした。
コンパネ10枚くらいは余裕で積めるし、
コンクリートミキサー(小型)や
セメント袋、砂利、時には300lの水までw

しかし、いよいよ馬力がなくなってきて
今の車に替えた時には
さすがに感慨深いものがありました。

今でも大事に乗っていらっしゃる方がいて
街で見かけるたびに「ごくろうさん」と
心の中でつぶやくのでした。
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画像はお借りいたしました。

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2017年6月19日 (月)

科学の子誕生は夏の宵のふとしたことで

こんにちは。
もうすぐ夏至ですね~。
梅雨時であまりピンとはきませんが。

 
 
 
 
 

梅雨の中休み、花火なんてのもいいですね。
火薬の懐かしい匂い。
もう何年花火をしてないでしょう。

それは遠い昔の話・・・。
当時は社宅に住んでいました。
その社宅は木造平屋建てで
住むところと倉庫がついていました。
社員の家族である私たちは
その倉庫の管理も任されていたと思います。

倉庫の前はちょっとした広場になっていました。
その辺りで初めて自転車に乗れたり、
霧の深い朝は向こう側が見えなかったり、
思いのほか雪が降ってその先の友だちの家に行くのも難儀だったり
した思い出の場所でもあります。

夏の宵、そこで妹と花火をしました。
手持ち花火が主でした。
バケツに水を張って、
種火としてろうそくに火を灯して。

〆はいつも線香花火でした。
あの火花が飛ぶさまは
いつ見てもいいものですね。

ところが、その火花を
もっと大きく長持ちするようにできないか。
と兄は考えました。

線香花火同士をこよりのようにねじって
2本合わせて火をつけると
火の玉は大きく長持ちしたように思えました。
ここで止めておけばよかった。

だんだんその本数は増えていき、
5本くらいになった頃
悲劇は起こりました。

満足できる火の玉の大きさになったなと
思った瞬間・・・
火の玉は自身の重さに耐えかねて
ぽとりと落ちました。
落ちた先はサンダル履きの足の上。

一瞬にしてパニックに陥り、
バケツに足を突っ込むまで少し時間がかかってしまいました。

今でも左足の中指の付け根にその跡が残っています。

線香花火が〆の訳、
1本の火薬の量は研究されつくされたものであることを
理解したのはだいぶ大人になってからのことでした。

すこおしばかり痛かったこの記憶には懲りず、
これから先ずっと
売っているものを素直に使わない癖は
役に立つ場面も多くなってきます。

科学の子w、丸太少年誕生には
こんな秘話がありました。

あ、危険なので真似しないでくださいね><
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2017年6月14日 (水)

夏の夕暮れ時、小学校の校庭で高校生が

こんにちは。
葵の花もいいもんですね。
昔は花びらを鼻につけて
「鶏~」なんてやっていました。
 
 
 
 

夏の夕暮れ、だれもいない小学校の校庭で
高校生が輪にした紐を手にして・・・

早まっちゃいかーん!

いえ、前回り(鉄棒)の練習ですけど、何か?

いやはや、ピンチでした。
まさか本当に赤点くれるなんて。

体育の鉄棒で前回りができなかったら
赤点だとは言われていました。
それでも、知らんぷりしていたら
本当にくれたんです「1」を。

そりゃ小中でも体育は苦手で
それで落第することはないにしても、
大体はすれすれの「2」でした。(5段階評価)

高校でまさか体育で落第は嫌でしたので、
そりゃ練習しましたとも。ええ、それはもう懸命に。

家に一番近い鉄棒のあるところは
小学校でした。
そこでいろいろ試しました。

最後にすがったのが紐で作った輪でした。
我が半円になるように鉄棒に掛けて
二重にし、その中に自分が入って
前転をする。

そのうちに自分がなぜできないかを
考えました。
これは恐怖心に他ならないと
結論付けました。

ならばとその輪を小さめにして、
自分がやっと入れるくらいまでにしました。
そして、腰を支えるようにします。
頭が下にいってそれでも
きちんと輪が支えてくれるのが
良かったのでしょうか。
(途中で止めたら逆に危ない)

こうしてなんとか前回りができるようになり、
次の体育の評価は「2」に戻り、
落第は免れましたw

ある情報では、
小さな子どものうちから
お父さんに(別に腕力があればお母さんでも構わないと思いますが)
高い高いとか、振り回して遊んだもらった経験のない場合、
鉄棒が苦手になる傾向があるというのがありました。

頭が下になることに対し、恐怖感だけが
大きくなってしまうとか・・・。

ま、頭を下にしてぶら下げたら、
それはそれで虐待になってしまうかもしれませんが。

取り敢えず、今はまた前回りはできない可能性が高そうですw
あの時、何とか立ち回って「1」を回避した方が
その後の人生に役立ったかななどと
考えている自分がいますw
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※画像はイメージです。


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2017年6月12日 (月)

初めて見た生芸能人は誰ですか

こんにちは。
朝晩は少し寒いですね。
父は喉が痛いと言っています。
 
 
 
 

初めて見る芸能人はキャンディーズさんになる予定でした。
突然ふっと湧いたように発表された解散は私の心にも
火を点け、ラジオで聞いた解散コンサートの
宛先に現金書留でお金を送りました。
しかし、チケットは私の手元には届かず、
お金も返っては来ませんでした。
これが生芸能人目撃未遂でした。

時を移し、大学生になってから
千葉市に住んでいました。
ある日、県庁の辺りを散歩していると
なんだか人だかりがありました。
近くに行ってもわからないので、
歩道橋を上ると
あるアイドルさんが
一日署長をするというイベントの場面だったらしいです。

TVで見るより
ずっとほっそりしていて
色の白い美人さんでした。

「やっぱりブラウン管で見ると横に引き伸ばされるというのは本当なんだなー」
と思いながら感慨深く眺めていました。

無意識系と言われ
笑顔が眩しかった
彼女もこの少し後くらいから
自身で作曲するようになり、
アイドルからアーティストへの
脱皮を図っていったようです。

惜しむらくはその才能は
あまり評価されなかったように思います。

そういえば、娘さんも曲を出しましたね。

さて、ここまでで誰か分かりましたか?
正解は河合奈保子さんです。

偶然でしたが、当時ファンだった人に遭遇でき
(しかもタダでw)
ラッキーでした。

この後、しばらく芸能人と遭遇することもなく、
ライブに行ったのが次ということになりますが、
そういえば未遂がもう一つありました。

それは栗田貫一さん。
バイトしていたレストランで「来てるよ」と聞いたのですが、
厨房からは見えず、残念でした。
見ることができたなら貴重な素の姿ですよ。
惜しかったなあ・・・。
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2017年5月31日 (水)

カラオケスナックで大赤面

こんにちは。
本日頃より「小満」の末候、「麦秋至(むぎのときいたる)」です。
店には青梅が並んでいるのを見ました。
 
 
 
 

こう見えて(どう見えて?)
カラオケは大好きです。

大学時代頃から「カラオケ」なるものが
登場してそれでもまだ、今のような映像ではなく
文字だけが流れている
ようなもの(静止画はあったかな?)で
仲間で集まってはよく飲めや歌えでありました。
それでもまだフォーク世代の名残もあって、
ギターをかき鳴らして歌うというのも
時にはあったような気がします。
(私は歌専門ですw)

就職してからは、しばらくは
猫をかぶっていましたが、
歓迎会か何かの席で
「フォルテシモ」を歌ってからは
何か一皮むけたように
職場の人たちとも打ち解けることができたように思います。
おとなしそうだと思われていたらしく
こぶしを振り上げて歌う様に
みんなびっくりしたようでした。

これに気をよくしてか、
しっかりハウンドドッグを
レパートリーに入れていました。

それがいけなかった><

ある飲み会のこと、
「取り敢えずビール」の時間は過ぎて
なんだか気取ったものが飲みたくなりました。
大してカクテルには詳しくないのに
グラスのふちに塩がまぶしてある
あの飲み物が飲みたくなりました。

「次、何飲む~?」
「そだな、ハウンドドッグ!」

違うことはすぐに気が付きましたが、
訂正しようにも正しい名前が出てきません。

それでも店の人は
分かったらしくちゃんと「ソルティドッグ」が出てきました。
すんげえ恥ずかしいいいいい><

それからというもの、
(その店では)ハウンドドッグを歌うことは二度とありませんでした。

さて通勤距離が長くなってからこっち
とんとご無沙汰しているカラオケですが、
一人カラオケをするにはちと敷居の高さを感じる丸太なのでありました。
「誰かカラオケ誘ってくれねーかなー」
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そんなこともあったなーと
遠い目のあなた!
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2017年5月20日 (土)

をい!対岸で水切りをするな!w

こんにちは。
本日頃より二十四節気の「小満」です。
七十二候の方はと言えば「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」
となります。
小学生の頃は近所に養蚕農家があり、
網棚いっぱいにお蚕さんが桑の葉を食べていました。
(苦手な人ごめんなさい)
 
 
 
 

小学校5年生までは
遊び場のひとつに川原がありました。
家のすぐ近くに流れる川は
きれいな水が流れ、
少し上流に行くと滝があり、探検隊よろしく
遊んでいたように覚えています。
(たぶん人工のものだったと思いますが)

夏になれば、橋から飛び込むもできるほど
(注:橋の上からではなく橋の支柱にのぼって飛び込んだ)
深さがある場所もあり、よく泳ぎに行っていました。
(運動音痴ですが、泳げるようになったのは割と早かったです)

その川にはメクラドジョウというドジョウが
いるそうで捕まえようとしましたが、
ついぞお目見えすることすらありませんでした。
メダカも泳いでいました。
手ぬぐいを二人でもって
すくうとたくさんのメダカがぴちぴちはねていたものです。

もうその川で泳ぐ子供もいなくなって久しいと聞きます。
大腸菌が検出されたとか・・・。
(それよりその近所に子どもがいなくなったことも・・・)

そんなある日の学校帰り、
川原を遊びながら家へと帰るときでした。
ランドセルをしょってできる川遊びの定番と言えば
「水切り」
なるべく平らな石を選んで、
フリスビーのように投げると
水面を切って進み、その数を競ったものでした。

最後には川に沈んでいくのですが
誰がその石が顔を直撃すると思うでしょう。

しかし、その子は対岸にいたのです。
「せーの」で石は投げられ、数回水を切った後
私の顔面を直撃したのです。

「ゴン」と頭の中から音がし、まさに火花が飛んだことは
よく覚えています。
「ああ、本当に火花って見えるんだ」
呑気にそう思っておさえていた手を
見ると血がw

縫うほどではありませんでしたが
数日後までお岩さんの形相w

良い子の皆さん、
水切りは対岸に人がいないところでやりましょう。
(護岸工事が進む中、なかなかそういう機会はないか・・・)

今でも、石ころがたくさんの河原があるきれいな流れを見ると
なぜかわくわくするのです。
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古き良き日々を
思い出したなら
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2017年5月17日 (水)

悪銭身に付かずと言うけれど、買ったものも身に付かなかった話

こんにちは。
「モンバンムシ」は
もういませんでした。
一昨日の記事参照^^)
  
 
 
 

教職に就いて公務員なわけですから
生涯の大体の収入は目に見えています。
それじゃあつまらないなーと
思ったか思わなかったかは別にして
ギャンブルにはまっちゃった時期が正直あります。

きっかけは海外旅行w
海外旅行と言ってもサイパンなのですが、
後にも先にもパスポートを使ったのは
それ1回きりなのでありました。
(あ、先は分からないか・・・)

友だちがダイビングをしている間、
私はホテルでスロットに熱中していました。
(それはただのゲームでしたが)
どこをどう思えばそうなるのか、
帰ったらパチスロでもやってみるか。
と思ったのが運のツキです。

当然ですがトータルでは大きくマイナスだと思います。
(悔しいので計算してませんがw)
それでもたまに大きく勝てる時もありました。

確かあれは「アレジン」というパチンコだったと思います。
(おいおい、パチンコもやってたのか)
運がよければ出玉がよくて
一番勝った時は、7万の儲けが出ていました。

こういう金は使ってしまうに限ります。
そこで何を買ったのか…。
何を血迷ったのか食器洗浄機でした。

当時、食器洗浄機が出たてで
自炊はするけど、汚れ物をためがちな
私はには神器のように見えていたのかもしれません。

しかしー、一人暮らしのアパートのキッチンで
使うようなものではなかったですね。
狭いので置く場所に苦労しましたし、
出たてで洗剤が残っていたりという性能・・・。
(単に使い方が悪かっただけという話もある)

使わなくなるのにそれほど時間はかかりませんでした。
そのうち粗大ごみ置き場へ・・・

今はちゃんと料理もして
食器もまあ、・・・洗っています。
(なんだこの間は)

パチンコ・パチスロの方も
十年以上やってないと思います。

所詮、あぶく銭。
どうせだったら、もうちょっと人生の役に立つものを
買えばよかったのに。

悪銭が身に付かなかった上に
買ったものも使えなかった物であったお話でした。
A0006_002272

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