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カテゴリー「教員生活より」の30件の記事

2017年11月 2日 (木)

ゆるキャラの至らぬ介添え人

こんにちは。
関東地方のどこやらで
逆さ虹が観測されたようですよ。
 
 
 
 

11月と言えば文化の香り。
文化祭の真っただ中であります。
母校の大学祭も1~4日までという日程ですが、
社会人になってからというもの
足を踏み入れたことはありません。

なぜなら、勤務校の学校祭も似たような時期で
準備におおわらわだからです。

さて、特別支援学校の学校祭。
各学校で思い思いの名前がついておりますが、
なかなかに準備が大変です。

私も何度か責任者をまかされましたが、
目玉企画をひねり出すのがいつも大変です。
何といっても予算はほぼ0円なのですから。

ある学校では、ポニーを借りて乗馬体験ができるようにしました。
(さすがにこれには輸送費ぐらいは出してもらいましたが、
オーナー様にとってはほとんどボランティアみたいなものだったでしょう)

ある学校では、ゆるキャラの出演をしてもらったこともあります。
そう、千葉県と言えば、「ふなっしー」・・・ではなくて
「チーバ君」です。
(残念ながらこの時は責任者ではなかったです)

翌年、またもや「チーバ君」の出演交渉をしましたが、
その年はアクアラインマラソンと重なり、
出演不可能。

そこで学校所在の自治体のゆるキャラに出演してもらうことになりました。
出演条件は目覚めるところを見せないこと。
そう「中の人などいない」のです。
あと「しゃべっちゃいけない」とも。

私はそのゆるキャラの介添え人の役を仰せつかりました。
一番の難所はやはり段差です。
幸い、その学校にはエレベーターが付いておりましたので
ゆるキャラ様、余裕で1階から2階、2階から1階と
軽快なフットワークを見せてくれました。

ところが、落とし穴は他のところにあったのです。
それは・・・昇降口の段差。
愛想を振りまいたままバランスを崩してしまいました。
これも見た目の重心と実際の重心が違う故でございましょう。
(ん?実際ってなんだ?)
ああ、私が至らぬばかりに・・・。

しかし、そこはゆるキャラ、
表情一つ変えずに
許してくれました。
さすがにプロでございます。
でも、「痛っ」と声がしたような、しないような。

さいわい怪我もされず
その後の
「一緒に写真撮影会」の
メインイベントも立派にこなしていただきました。
学校祭も盛況のうちに終えることができましたとさ。
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<お詫び・チーバ君には著作権があるので画像を載せることはできませんでした>

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2017年10月24日 (火)

恋チュン、妖怪第一ときて次の試練はw

こんにちは。
台風が過ぎた後の空は
2割ほど空の青さが増している気がします。
 
 
 
 

どこやらの新党よりも短期決戦です。
あと2日しかないのです。

さて、何かと職場でダンスを踊る羽目になっている
私ですが、
以前、「恋するフォーチュンクッキー」
「妖怪体操第一」と果敢にも
挑戦してまいりました。
振りは簡略化されたものの
覚えるには並々ならぬ努力をし、
なんとか人様の前で踊るまでになりました。

そして第三の刺客の登場です。
それが旬をとっくに過ぎたと思われる
「恋」でございます。
恋ダンスと言った方が通りがよろしいでしょうか。

生意気にも今回も部活動などを担当しておりまして、
それが音楽関係の部活なのです。
しかし、この私楽器はまるで何もできない能無し。
せめて役に立たないなりにも
ついていきたい気満々でございます。

折しも生徒たちの発表の場があるとかで
例年ダンスをしているとあらば、
針の穴ほどの小さな穴から活路の光が差したようで
またもや飛びついてしまったという次第なのでございます><

私が披露するわけではないのですが、
そこはほら、感動はやっぱり共に味わいたいではないですか。

ここで一抹の不安。
なんと「恋ダンスやってみた」自粛のお願いがビクターさんから出ているではありませんか。
YouTubeで特訓だと息巻いておりましたが、
早くも挫折か・・・
と思いきや、まだまだあるではありませんか。
(ナケレバヨカッタノニ・・・w)

しかし、難しいです。このダンス。
細かい動きとあまり繰り返しがないところが><
ダンスを覚えるにあたり、
普段運動らしきものをしていないため
さぞかし汗をたくさんかくと思われましたが、
出るのは冷や汗ばかりでした。

ここで方針を変更。
覚えられるだけのところまでにしておいて
あとは「いえ~い」で
ごまかそうと思います。
楽しそうにさえしていればなんとかなるさ。

老体に鞭を打つなと
お医者さんもきっとそう言っています。
(ソウニチガイナイ!)

こんなの踊れなくても死にはしないさ。
(完全に負け惜しみw)
いや、なまじ踊れたら踊れたで恥ずかしくなって死んでしまうかもw
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2017年10月18日 (水)

してその修学旅行当日は?

こんにちは。
「寒露」も末候、「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」の頃です。
晴れましたが吹く風が寒かったです。
仕事の合間に綿を干させてもらいました。
さて、記事は昨日の続きです。
 
 
 
 

実踏にて撮った写真も役に立てることができ
にわかごしらえの事前学習も終えて
出発を待つばかりとなりました。

しかし、天気予報は雨ベース。
先行きが暗かったですが、
無事に出発はできました。

目的地までバスでの移動になりましたので、
乗り換えの時の移動の大変さを思えば
らくちんに目的地へと着きました。
1日目の予定は那須です。
屋内での活動が主でしたので
あまり天候は関係ありませんでしたが、
霧も深く山間の景色は見ることができませんでした。
それでも、アイスクリーム作り体験は生徒たちにも受けがよく
楽しかったようです。

1泊目の宿は那須のホテルでした。
通常だと修学旅行仕様の宿をとるのですが、
(ユースホステルにちょっと毛が生えた程度の宿w公立学校の宿なんてそんなもんです)
急だったこともあり、
普通、家族旅行で泊まるような引率者でもちょっと旅気分を味わえるような
ホテルとなりました。
森の中に建っていて、
まさに気分は高原気分。
変な話ですが、インフルエンザのおかげでこの面ではいい思いをしました。

2日目はテーマパークです。
降ったり止んだりの天気でしたが、
グループに分かれて
(ジェットコースターガンガングループとまったり乗り物グループ。
私はもちろんまったりグループですw)
そこで1日を過ごし、楽しみました。

2泊目はまさか質を落とされると思いきや
これまた(修学旅行にしては)豪華な温泉ホテルでした。
ホテルに着く頃には雨もやんで
屋上の船の形をした温泉にゆっくりと浸かりましたよ。
(子どもたちも一緒です。少人数なのでこの辺小回りがききます)

そして3日目、またもや雨><
おまけに発熱で家族に迎えに来てもらって
夜のうちに自宅に帰った生徒も一人いて
(関西方面だとそういうわけにもいきませんでした)
ちょっと寂しい思いもさせてしまいましたが、
なんとか旅程を終了できたのでした。

私は責任者になると雨を降らすのが得意な
条件付き雨男ですが、
この旅行では責任者は別の人。
私よりも強力な雨男だったようです。

なんだか、ホテルに泊まりに行ったようなものですが
子どもたちにはまた違った思い出ができたことでしょう。

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2017年10月17日 (火)

ある修学旅行の自主的実踏

こんにちは。
風邪など召しませぬよう・・・。
 
 
 
 

まずは用語説明など。
実踏とは要するに下見のことです。

その年はインフルエンザが猛威を振るって
いました。
行き先もいつもなら関西方面となるのですが、
宿泊予定の場所は感染マップを見ると非常に危ない状態が続いていました。
それでもマップの動向に一喜一憂しながら
行き先は保留になっていました。
ギリギリまで行き先を検討し
旅行会社さんにもだいぶ無理を言って
やっと決まったのは那須、日光方面。

新幹線やUSJなど子どもたちも楽しみにしていた
ところではあったのですが、
なだめ、すかし変更の説明をしたのを覚えています。

急なことだったので、
実踏なしで決行ということになったのですが、
それではあまりにどうかと思われたので、
休日に車で出かけてみました。
要するに出張旅費も出ない自腹です。

自腹な分、ある程度は自由です。
あまり危険要素のないバスでの移動部分は
割愛して茨城からアクセスしてみました。

なんとなくのドライブでよく茨城に行きますが
途中まではいつものコースを
走って茨城県北部まで行き、
那須の方へと入る予定でいました。

この山道が気に入っているのです。
清流を横目に目的地へと向かいます。

気ままと言えば気ままなのですが
時間制限はあります。
また旅行会社も通してはいないので
テーマパーク等も入ることはできませんでした。

おまけにこともあろうに福島県にまで入り込んでしまい
時間をロスしてしまったのは手痛いミスでした。
今なら迷わず北関東道を使うと思いますが
当時まだありませんでした。
土地勘のない者にとっては
北関東の横のアクセスは難しいと考えるべきでした。

このロスのため、
主要コースを回って写真を撮ったり、
注意箇所を見て回ると
とっぷりと日が暮れてしまいました。

まさに
「行きはよいよい、帰りは恐い」
の実踏となってしまいました。
さて、旅行本番はどうだったのでしょうか。
つづく

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2017年10月 3日 (火)

ふざけた顧問がいたものだ

こんにちは。
本日より「秋分」の末候「水始涸(みずはじめてかれる)」
の頃です。
 
 
 
 

今、何かと話題の部活ですが、
私も顧問をしていたことがあります。
それは書道部。
活動的には緩いものだったのですが、
主に顧問は二手に分かれていました。

それはシリアス部門と
お笑い部門。
私はお笑い部門担当でした。
とはいうものの、
シリアス部門の師から
賜った仕事で
「書きたいものを書け」というお達しから
生まれた部門です。

書についてはまったくの素人でありましたので
何とか顧問もできた部門です。

しかし、顧問とはいってもそこはドがつく素人。
生徒と一緒に机を並べ、
思いつくままに
筆を走らせていただけなのでありました。

そこで書いた言葉は
「冷やし中華始めました」などのふざけたものでしたが、
その隣で書いている生徒はまじめに作品展などを
目指していました。

でも不思議なもので書き続けていると
なんだか書がうまくなったような気もしてくるので不思議です。
こうなってくると
調子に乗るのが私の悪い癖で
師が退職した後も
書道部は廃部の危機を迎えることなく
続けられました。

師が退職して、いつまでもお笑い部門ばかりでもいられないので
学校祭では
「山の彼方」という詩を合作で
発表しました。
それでも書をまじめにやっている人が見れば
目を背けるような
一文字ずつを担当した人が違う
切り貼りした作品でした。
(和紙をあしらってそれらしくは作りましたが)

「書」の作品とはいえず
どの作品展にも出されることはないけれど
参加した生徒の最高の一文字が集まった
その作品は
お笑い部門をちょっとだけ彷彿とさせて
力が抜けてそれでいて
文字が生き生きとしている
作品となったのでした。

師の言っていた
「書きたいものを書け」が
少しわかった気になりました。
そういえば、師も
出し物発表で
書道ガールとかを楽しんでいたこともありましたっけ。

もしかしたらブログなるものもそうなのかなーと
ふと思ったりしています。
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2017年9月29日 (金)

選挙への参加

こんにちは。
せっかく香っていた
金木犀も昨日の大雨で
すっかり散ってしまいました。
それでも、木の根元はオレンジ色の
絨毯を敷いたようにきれいです。
 
 
 
 
 

中学生以上の生徒が在籍している
学校には生徒会というものがありますね。
もちろん特別支援学校にもあります。
そして何年かは私も生徒会の担当をしていました。

では投票はどのように行われていたか。
ちょっと明らかにできない部分もあるかもしれませんし、
どの学校もそうかといわれると
調査もしていませんので
自分の経験の範囲で
お伝えすることは
無意味でもないと思いますので
ちょっと記事にしてみようと思いました。

その投票方法は
個に応じる考え方で
方法は3つありました。
一つは国政選挙と同じく形式、
もう一つは立候補者の顔写真を並べた用紙に丸をつける形式、
そしてもう一つは投票箱に立候補者の顔写真を貼ってボールを入れる形式
の3つです。
生徒は自分でできる方法で投票することになります。

3つの方法のうち、上記二つには無効票が生じますが、
余程のことがない限り、
3番目の投票方法には無効票はほぼ存在しないことになります。

そうやって自分たちの代表である生徒会長などを決めていました。
どの投票も明確な意図があるかどうかは立会人には知り得ません。
意味が見いだせないとの意見も聞いたことがあります。

ただ、同じように参加できる権利を大切にしているところに関しては
この方法がベストではないにしろ
(どうやっても完璧な公平性を維持するのは難しいと思われるため)
よいことなのではないかと思ったりもします。

と思うのは、まだ私が駆け出しだった頃に
PTA会報に掲載されたPTA会長さんの
記事を読んでいたからです。

お子さんが大人になったら
堂々と白票を投じに行くという内容の文章でしたが、
そうやってお子さんの権利を守っているのだなと
感銘を受けたことを覚えています。

時は流れ、いつの国政選挙だったか、
私が投票を済ませると
近くの施設の方々がちょうど
投票所に入っていくのに出会いました。
施設の職員さんでしょう支援者と一緒に。
非常に興味をもちましたが、
自分の興味のためだけに様子を見ることは失礼と
思いましたので戻ってみたりはしませんでした。
でも、当たり前のように投票に参加している姿に
やはりホッとしたことを覚えています。
その時もやはりその記事のことを思い出しましたが、
ずっとそういう風に投票できることが続くといいなあと思いました。

中には自分に来る投票への案内を楽しみにしている
方も多いそうです。
投票率が最低を記録なんて新聞記事をよく見かけますが、
当たり前のこの権利、嬉しいと感じている人はどれほどいらっしゃるでしょう。
政治のことをどうこう言う前に
少なくとも、人類の歴史の中で遥かに長かった当たり前ではなかった
時代ではもうないのだから
せっかくの権利は行使しようではありませんか。
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2017年9月22日 (金)

疲労ピークはやはり先週末

こんにちは。
午後8時台に更新が
デフォルトになってきました。
 
 
 
 

いやはや、やはり普段働いていないと
やはり疲れは出てしまうものですね。
たぶん、その疲れの成分の多くは
「気疲れ」なのかもしれません。

知らず知らずのうちに体もこわばっていたのでしょう。
肩こりがひどい。
あとは足が棒のようです。
如何に立っている時間が短かったのが
自分でも理解できました。
ついでに足の甲もなんだか痛い><

というのが先週末でした。
というのも、今年の暦では、
スタート9月の1日が金曜日で
いきなり休み。
疲れる間もありません。

そして、次の週は水曜日に病院付き添いで
休んだため、それほどは疲れ知らず。
で、先週はフルにありましたので、
疲れたーとなったわけです。
3連休がどれだけ待ち遠しかったことか!
おかげで3連休は爆睡でしたw

今週は月曜日が欠け、やはりそれほどではありません。
思えば、シルバーウィークなんてのがあったのは
去年の9月?
今年はそれがありません。
しかも、秋分の日は土曜日><

なんて、いつも働いている人たちに対して罰当たりなことを
言っていますが、ホントに先週はきつかった。

と・こ・ろ・がっ!

明後日、日曜日。
休日出勤でございます。
しかも代休なしなので6連勤w
来週の今頃は
息も絶え絶えになっているかもしれません。
てな冗談はさておき。

疲れの原因の一つは靴下にあるのではないかと
思っています。
異常に足が熱くなる。

家ではオールシーズン裸足ですし、
外でも3月から10月くらいまでは裸足です。
靴下が嫌いだー!!!
(靴はもちろん履きますよ、サンダルですが)

試しに昨日から靴下を脱いでみました。
そしたら、
「なんだか、快適・・・」

さすがに学校に入るときは履いていないと
生徒にも丸見えで
示しがつきませんので
履いていますが、その後に脱いじゃいました(てへ)
長ズボンで靴さえ履いていれば、
分かりませんって(いひひ)

もうちょっと涼しくなるまで
このモードでいこうと
思います。
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2017年9月21日 (木)

先週末髪を切ったことに対する反響

こんにちは。
悩みの種があります。
それは冬の間、「野の花教室」教室をどうするかということ。
 
 
 
 
 

いつもはあまり人前に出ることもないので
自分でバリカンしますが、
やはり人前に出るということで
働いている時は
床屋に行くことにしています。

床屋に行くと
「スポーツ刈りで」とだけ告げて
後はお任せです。
高校時代までは髪を長めにしていたのですが、
(ロン毛というほどではない・ライオン丸くらいw)
高3の時に眼鏡をかけ始めたついでに
短いのがデフォルトになりました。

短いのはいいですねえ。
シャンプーも少なくて済むしw

引っ越したのに床屋は以前からの
なじみのところで
おじさんとはもう30年近くの付き合いになります。

着任前に床屋に行きたかったのですが
なんだか中途半端で
また、休日に行くのが嫌で
延び延びになっていました。

そこで意を決して
先週末に床屋に行きました。

火曜日、出勤すると
もう何人もの人に
「さっぱりしましたねえ」
と言われ、現役時代になかったような事態になりました。

挙句の果てに「ステキ💜」
(ハートは願望w)まで言われ、
仕事への意欲増し増しですw

それが今日まで余波が続き、
「ああ、今、人の中にいるのだな」
と感慨もひとしおであります。

生徒たちにも
「先生、髪切った?」
と聞かれ、
現役時代に
「うん、夜寝てるうちにひゅひゅひゅって縮んだんだ」
なんていう冗談も復活させるほど
上機嫌です。

たぶん、今日くらいで落ち着いていくのでありましょうが、
初めての職場であったため、
またインパクトもあったのでしょう。

人に会う機会がめっきり減っていたので
すっかりめんどくさくなっていた散髪ですが、
久しぶりの気分を味わうことができました^^
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2017年9月12日 (火)

キャッチボールは運動のためだけにするのにあらず

こんにちは。
本日より「白露」の次候「鶺鴒鳴(せきれいなく)」の頃です。
 
 
 
 

運動音痴な私でも
時には子どもたちと
キャッチボールをしました。

それは、体育の時間だったり、
休み時間だったりしました。

ボールの大きさも様々で
ソフトボールからバスケットボール
あるいはボールじゃないものまで。

特別支援学校は個別な配慮が必要ですので
それはまあ頷いてもらうとして、
ボールじゃないものってなんだ?
と思われることでしょう。

それはこんなふうなのです。
Catchball
ボールの代わりはラップなどの芯になっている筒。
(ラップの芯は弱いので、印刷マスター紙の芯などを切って使うことが多かったかな)
その穴に2本のロープを通します。
ロープの端には輪などを付けておいた方がよいでしょう。
(勢いよく飛んでくる芯が当たると痛いですからね)
ここまでで準備は完了です。

ロープが少したるむくらくらいの間隔をとり、輪を持った腕を交互に広げると
ボールを使わないキャッチボールの成立です。
筒が行ったり来たりして面白いですよ^^

実はこれ簡単そうに見えてちょっと難しいです。
うまい具合にタイミングよく開いたり閉じたりしないと
筒は止まってしまいます。

そうです。気持ちが合わないと続かないのです。
気持ちを合わせないといけないけれど
同じ動きをしてはうまくいかない。

実によい教材なのだなーと思いました。

子どもによっても返ってくる
筒の様子は様々です。
等間隔のリズムで返す子ども、
自分のところ来たらすぐさま返すためだんだんスピードが早くなる子ども、
勢いが少し足りなくてもある程度まで帰ってきていれば返すことができたり・・・。

気持ちが縮こまっていると大きく腕を広げるのも
難しかったりします。
気持ちも広げ、腕も広げれば
「おもしろいね」の気持ちまでもが伝わってくる気がします。

もしかすると運動なんておまけみたいなものかもしれません。
(しかし、結構な運動量なのですけれどもね(*´Д`)ハァハァ)

いや~、キャッチボールっていいですね。
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2017年9月 4日 (月)

終わりは深夜勤で始まりは合宿だった

こんにちは。
更新がずいぶん遅くなっちゃいました。
 
 
 
 

教員採用試験に受からず卒業してしまった私は
取り敢えず講師に登録をしておきました。
それまでは某ファミレスのアルバイトをしていました。

いつ来るかもわからない採用の話を待ちながら、
それでも急な対応もできるように
年度が替わってからはシフトを深夜勤から日勤に変えてもらっていました。

しかし、日勤のバイト仲間は見知らぬ顔ばかり、
やっと講師の口が見つかり
バイトの最後の日は深夜勤にしてもらって
なじみのバイト仲間にお別れをしました。

思えばいろいろな思い出があります。
夏の繁忙期、仮眠なしの30時間連続勤務、
深夜、お客がいなくなった時のファミレス怪談話、
社員さんがいないのをいいことにメニューにないものを作って従業員食として食べたり。
(某ファミレスはメニューから選んで食べていました)
そんなことを共にした仲間です。

そして、講師としていよいよ教職に就くことになり、
打ち合わせの時に着任3日後に合宿と聞いて
ちょっと面喰っちゃいました。
いきなり大きなイベントです。
よく様子を知らない子どもたちと寝泊まりするのです。
経験のない若造が不安にならないわけはありません。

しかし、逆に良かったのかもしれません。
子どもたちと早く仲良くなれるチャンスだったのですから。

後に、保護者から
「名前をよく覚えないうちの子どもが(合宿から)帰ってくるなり
先生の名前を教えてくれたんですよ」
と教えられました。

嬉しいこと、この上ないです。
名前を覚えてもらうのは
関係づくりの第1歩と思うのです。

実は講師の着任を命じられた学校は
初めてではなく、
卒論のデータ取りに行った学校でした。
(名前を憶えてくれた生徒はまだ入学していませんでした)
研究室の仲間2人で行きましたが、
増築を重ねて迷路のようになった学校を目の当たりにして
「ここはあまり来たくないね」と話していた学校でした。

ところが、なんと教諭として正採用されたのもこの学校でした。
今ではつくづく縁があったんだなあと思っていますが、
ひょっとしたらこの縁はこの生徒がつないでくれたものかもしれませんね^^
彼ももう40歳を超えています。
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